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8. K値(2020/7/23)

色々話題となっている「K値」について、 medRxiv にある 元論文 の内容を検討します。

まず、 K値自体は、 と定義されます。d は日を単 位とした時間、Nはある時刻での累積の患者数です。回復した人を除くのかど うかは明記されていませんが、減ることはないとされているので除かない ものと思われます。

K値自体は単に1週間でどれだけの割合で累積患者数が増えたか、というもので すが、次に「モデル」ないし仮定がはいります。

で、k は定数とされています。そうすると、 で、 なので、 となって、 の極限で必ず収束する、という「モデ ル」であることがわかります。

(2020/7/25 追記)

この k は論文では a constant dumping factor とされていて 1 より小さい ことが暗黙に仮定されていますが、しかし実際のデータでは必ずしも そうはならないのではという疑問はあります(永井宏幸氏からご指摘いただき ました)。

これはその通りですが、論文ではk<1 が「前提」です。とはいえフィットした ら1を超えたりしないのか?そもそもモデルおかしいんでは?というのは実はそ うなのですが、論文の図1Iの日本のケースでやっているように、累積患者数を ある日でリセットする、とすれば、指数関数的に増えていても初期に見かけ上 Kが減少するように見えるので、データが実際には指数関数的上昇であっても 「収束する」と予言することになります。

なお、この図1を見ると、確かに色々な国で K値が時間とともに減少している ように見えるわけですが、これは自然現象で減っているわけではなく、ロック ダウン等の対策をとった効果、あるいは指数関数的増加が検査が追いつかなく なって減速しているように見える効果と考えられます。

(2020/7/25 追記終わり)

さらに、理論モデルとして「SI」モデル、つまり、回復者を考慮しない 単純なロジスティック曲線を用いて、それで実際のデータをフィットすること で、極限の N、つまり、収束した時の患者数を推測する、という考え方に なっています。

ここまでの議論では、要するに累積患者数がロジスティック曲線になる、とい うだけですが、それでもは上手くフィットできない場合には複数の「ソース」 を導入する、と書かれています。但し、この「ソース」を導入した時の方程式 は書かれていないので、何が起こっているのかわからないですが、おそらく、 単純に複数の初期値と kをもつモデルの和とするのではないかと想像さ れます。そうすると、それぞれが1つピークを与えるので、ソースをつぎたし ていけばどんな観測結果でもフィットできます。但し、1つのソースからの 累積患者数は比較的短時間で必ず収束するので、このK値による予測は つねに、「もうすぐ収束する」という楽観的なものになります。 このため、対策しなくても収束すると思いたいメディア、自治体等が 取り上げたものと推測されます。

これは、周転円と同じでなんの科学的な根拠もない、というべきでしょ う。そもそもKが指数関数的に減る、ということに(集団免疫が達成されるケー ス以外での)根拠がありません。

思い付きで論文を書くことは自由なので、このような論文があってはいけない、 とはいいませんが、 medRxiv が(レフェリーされていない論文一般に)コメントとしてつけている

   It reports new medical research that has yet to be evaluated and so
   should not be used to guide clinical practice.

   (牧野仮訳)この論文はまだ評価されていない新しい医学研究の結果をレポー
   トするものであり、医療の実践を導くことに使われてはならない
を、これを指標・予測に使おうとする自治体当局はちゃんと考慮すべきでしょう。まあ、レフェリー通ってたら信用できる、というものでもありません。

まとめると、K値による「予測」は、その数学的構造から必ず、対策しなくて も早期に収束する、という楽観的な予測をだすものになっており、そのため 対策が不要、事態は深刻ではない、と信じたいメディアや自治体によって取り 上げられる、という構造になっているように思われるが、予測事態はこのため につねに「早期収束する」としか予言できない、実際の予言能力をもたない ものになっている、ということがいえます。
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