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5 等温状態の安定性

まず、もっとも単純な場合ということで、等温の平衡状態を考える。話を簡単 にするために、球対称の 断熱壁の中のガスということにする。平衡状態は、静水圧平衡の式


$\displaystyle {dp\over dM }$ $\textstyle =$ $\displaystyle -{M \over 4 \pi r^4},$ (47)
$\displaystyle {dr\over dM}$ $\textstyle =$ $\displaystyle {1 \over 4\pi r^2\rho},$ (48)

を考えればいい。例によって球対称で、$M(r)$は半径$r$の中の質量、$p$$\rho$は圧力と密度である。面倒なので、単位系として $G=M=R=1$となるよう にとる。$G$は重力定数、$M$は壁(断熱壁)のなかの全質量、$R$は断熱壁の 半径である。

温度は、状態方程式


\begin{displaymath}
p = \rho T
\end{displaymath} (49)

で決まる。単位質量当たりのエントロピーは
\begin{displaymath}
s = \ln(T^{3/2}\rho^{-1})
\end{displaymath} (50)

であり、境界条件は


$\displaystyle r$ $\textstyle =$ $\displaystyle 0\quad {\rm for}\quad M=0,$  
$\displaystyle r$ $\textstyle =$ $\displaystyle 1\quad {\rm for}\quad M=1.$ (51)

である。この解自体は、すでに何度か扱ったように数値的に求めることが出来 る。

以下、熱力学的安定性について議論するわけだが、これにはいろんな流儀があっ て、なんだかよく理屈がわからないものもある。等温の自己重力ガスの安定性 について初めて議論したのは Antonov (1961) であり、もうちょっと詳しい議 論が Lynden-Bell & Wood (1968) によってなされた。しかし、これらはいず れも真の意味での安定性解析、すなわち、平衡解に対する摂動を考え、それが 成長するかどうかをしらべたというものではない。

そのような意味での安定性解析を初めて適用したのは、 Hachisu & Sugimoto (1978) である。彼らの方法は、大雑把にいうと以下のようなものである。

等温状態なのでエントロピーは通常ならば極大値である。これは、任意のエン トロピーの再分配に対して、 $\Delta S=0, \Delta S^2<0 $となっているとい うことを意味する。

これは、熱をちょっとどこかからとって別のところに与えると、それによる温 度変化を考えなければ(一次の変分)エントロピーは変わらない。また、温度 変化を考えると(二次の変分)、熱をもらった方は温度が上がっているのでも らうエントロピーは少なく、出したほうは逆に温度が下がるので出ていくエン トロピーが多い、従って、系全体としては普通は摂動を与えるとエントロピー が減る、すなわち、平衡状態はエントロピー極大に相当している。

以上から、もし、熱を取り去った時に温度が上がるようなことがあればエント ロピー極大ではないかもしれないということが想像できよう。もちろん、常識 的な熱力学の対象ではそんなことはあり得ないわけだが、自己重力系ではそう ではないというのはすでにビリアル定理のところでやった通りである。

つまり、自己重力系を全体として考えると、熱を奪うと系が小さくなり、単位 質量あたりの運動エネルギー、すなわち温度が大きくなるわけである。

断熱壁で囲んだ系では話はもう少しややこしいが、実際に、十分温度が低い、 重力の影響が大きいような系では$\Delta S^2$が正になるということを示した のが Hachisu & Sugimoto である。

この解析は非常に見事なものなので、是非元論文 (PTP 60, 13) を読んで見て 欲しい。まあ、それはそれとして、ここではもう少し違った解析方法をとって みよう。

5.1 等温状態からの時間発展

Hachisu & Sugimoto の方法では、摂動に対して$\Delta S^2$を求め、その符 号から安定か不安定かを決めている。この方法では、もちろん、熱力学的に安 定かどうかをきめることは出来るが、不安定性がどのように発展するかを調べ ることはできない。というのは、そのためには熱伝導の式もカップルさせて線 形応答を求めないといけないのに、そのような解析は行なっていないからであ る。というわけで、しばらく前にそういう解析をやってみた (Makino and Hut 1991、APJ 383, 181) ので、今日はその結果に基づいて話す。

熱伝導の式は

\begin{displaymath}
K{\partial T\over \partial r} = - {L \over 4\pi r^2}
\end{displaymath} (52)

と書ける。ここで、 $L(r)$は半径 $r$のところでの熱流束であり、 $K$ は熱 伝導の係数である。$K$は温度、密度の関数だが、ここでは等温に近いので密 度だけの関数として
\begin{displaymath}
K = \rho^{\alpha}
\end{displaymath} (53)

という形を仮定する。放射伝達であれば $\alpha=-1$である。

自己重力質点系の場合は、密度が高いほうが緩和が 速かった。このことを熱伝導係数でむりやりに表現すると、$\alpha=1$となる。

これは以下のように考えたことになっている。

速度分散が同じなら緩和時間 $T$ は単純に密度 $\rho$ に反比例する。自己重力系を考えると、 やはり速度分散が同じなら系の特徴的な大きさ $R$ は質量 $M\sim \rho R^3$ に比例するので、 $\rho \sim R^{-2}$ なる関係がある。

緩和時間を温度勾配と単位面積当りの熱流束の関係に直してみると、温度勾配 は $1/R \sim \rho^{1/2}$ の程度、 単位面積当りの熱流束は $\rho R/T \sim \rho^{3/2} $ の程度であ る。従って $K\sim \rho$ ということになる。

エントロピーについての式は

\begin{displaymath}
{\partial L\over \partial r} = - 4\pi r^2\rho T {\partial s \over \partial t}\big{\vert}_{M}.
\end{displaymath} (54)

で与えられ、境界条件は
\begin{displaymath}
L=0\quad {\rm for}\quad M=0\quad{\rm and}\quad M=1.
\end{displaymath} (55)

ということになる。

5.2 線形化した方程式

微小な摂動に $\delta$ をつけることにして、線形化した方程式は

$\displaystyle {d\delta\ln p \over dM}$ $\textstyle =$ $\displaystyle {M\over 4 \pi pr^4}
(\delta\ln p + 4\delta \ln r),$ (56)
$\displaystyle {d\delta\ln r \over dM}$ $\textstyle =$ $\displaystyle -{1\over 4\pi r^3\rho}(3\delta\ln r
+ \delta \ln \rho),$ (57)
$\displaystyle \delta\ln p$ $\textstyle =$ $\displaystyle \delta \ln \rho + \delta\ln T,$ (58)
$\displaystyle \delta s$ $\textstyle =$ $\displaystyle {3\over 2}\delta\ln T - \delta \ln \rho,$ (59)

境界条件は
  $\textstyle 3\delta \ln r + \delta \ln \rho =0\quad {\rm for}\quad M=0$   (60)
  $\textstyle \delta\ln r = 0 \quad\quad\quad\quad\quad {\rm for}\quad M=1$   (61)

ということになる。

熱流束とエントロピーの変化については、もとの式が線形なのでそのまま使え る。つまり、 $L=\delta L$ なので、 ${\partial T\over \partial
r} = {\partial \delta T\over \partial r}$ であり、また ${\partial s \over
\partial t} = {\partial \delta s \over \partial t}$となる。これらは始 めから一次の微小量しか含んでいない。

この方程式系に対して、

$\displaystyle \delta \ln p =$ $\textstyle \delta \ln p_0e^{\lambda t},$    
$\displaystyle \delta \ln r =$ $\textstyle \delta \ln r_0e^{\lambda t},$    
$\displaystyle \delta \ln \rho =$ $\textstyle \delta \ln \rho_0e^{\lambda t},$   (62)
$\displaystyle \delta \ln T =$ $\textstyle \delta \ln T_0e^{\lambda t},$    
$\displaystyle \delta L =$ $\textstyle \delta L_0e^{\lambda t},$    
$\displaystyle \delta s =$ $\textstyle \delta s_0e^{\lambda t}.$    

という形をした解を捜すわけである。ここで、添字 $0$がついたものは時間発 展解の空間依存性を表す。線形化したので固有モードが出てきて欲しいなとい う解析をしているわけである。これらを線形化した方程式に入れると、固有値 問題
$\displaystyle {d\delta\ln p_0 \over dM} =$ $\textstyle {M\over 4 \pi pr^4}(\delta\ln p_0 +
4\delta \ln r_0)\quad ,$   (63)
$\displaystyle {d\delta\ln r_0 \over dM} =$ $\textstyle -{1\over 4\pi r^3\rho}(3\delta\ln r_0 +
\delta \ln \rho_0)\quad ,$   (64)
$\displaystyle KT{d \delta \ln T_0\over d M} =$ $\textstyle - {\delta L_0 \over (4\pi r^2)^2\rho_0}
\quad ,
{d \delta L_0\over d M} =$ $\displaystyle - \lambda T \delta s_0\quad ,$ (65)
$\displaystyle \delta\ln p_0 =$ $\textstyle \delta \ln \rho_0 + \delta\ln T_0\quad ,$   (66)
$\displaystyle \delta s_0 =$ $\textstyle {3\over 2}\delta\ln T_0 - \delta \ln \rho_0\quad .$   (67)

が出てくる。 ただし、境界条件は
  $\textstyle 3\delta \ln r_0 + \delta \ln \rho_0 =0\quad {\rm for}\quad M=0$   (68)
  $\textstyle \delta\ln r_0 = 0 \quad\quad\quad\quad\quad {\rm for}\quad M=1$   (69)
  $\textstyle \delta L=0\quad\quad\quad\quad\quad\quad {\rm for}\quad M=0$   (70)
  $\textstyle \delta L=0\quad\quad\quad\quad\quad\quad {\rm for}\quad M=1$   (71)

ということになる。

さて、これを解かないといけないわけだが、数値解法まで触れている余裕がな いので詳細は省く。我々はいわゆる shooting method を使ったが、本当は緩 和法のほうが安全であったかもしれない。

以下、どういう答が求まり、それはどういうものかということを簡単にまとめ よう。

5.3 安定領域

面倒なので以下 $\alpha=1$の場合だけを考える。以下に示すのは第一固有値 (ここではすべての固有値が負なので、最も0に近いもの)に対応する固有関 数である。

=5cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.15778.eps} =5cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.15272.eps} =5cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.25327.eps}

ここで、 $D$は中心の密度と壁のすぐ内側での密度の比である。$D=1$という のは、温度が無限に高くて重力エネルギーが相対的に小さい極限である。これ に対し、 $D=\infty$ は singular isothermal に対応する。

$D=1.05$ は、要するに重力が無視できる場合である。この時はもちろん応答 はベッセル関数かなにかで書ける。注意して欲しいことは、圧力の変化がない こと、エントロピーと温度がちゃんと比例関係にあることである。これは、重 力が無視できるので普通の振舞いをしているわけである。つまり、密度、温度 の変化が圧力変化がなくなるように働く。これは、静水圧平衡を保つためであ る。

なお、ここでは、中心から熱を奪って外に与えるようなものを考えているが、 その逆も固有関数であることに注意してほしい。これは、線形化した方程式の 解だからである。

さて、少し中心密度を上げると、摂動に対する圧力の応答が変わって、中心で 圧力が上がるようになる。これは、熱を奪われることに応答して縮むと、重力 も強くなるので、つじつまをあわせるにはもうすこし縮んで圧力を上げる必要 が起きるからである。このために、温度の応答は与えたエントロピーからはず れてくる。もっとどんどん温度をさげて、$D$を大きくすると、ついには、熱 を奪ったにもかかわらず、温度が中心でも上昇するようになる。

もちろん、この解は負の固有値に対応するものであり、いぜんとして安定であ る。それは、温度勾配としては依然として中心に向かって下がっていて、ちゃ んとエントロピー変化を打ち消す向きに熱がながれるからである。

5.4 中立安定

さて、もっと $D$を大きくすると、ついには固有値が $0$、すなわち与えられ た摂動が減衰しなくなる。この状況を以下に示す。

=8cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.15817.eps}
与えられた摂動が減衰しないということは、温度勾配ができないということで ある。実際、応答は $\delta T$ が定数になっている。

5.5 重力熱力学的安定

さらにもっと温度を下げ、 $D$を大きくすると、ついには固有値が正になる。 以下にいくつかの例を示す

=5cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.70.eps} =5cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.916.eps} =5cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.6279.eps}

=5cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.19696.eps} =5cm \epsffile{makinohut1991figs/mongo.ps.20069.eps}

たくさん例を出したが、どの場合でも中心でエントロピーが減っているのに温 度が大きく上がり、それが外側の温度上昇を追い越している。その結果中心か ら外に向かう熱流ができるのである。

なお、ちょっと注意して欲しいのは、$\alpha$ の値によって応答が大きく違 うことである。$D$が同じ時、$\alpha=1$の方が$\alpha=-1$に比べて中心に集 まったような応答になっている。これは、熱伝導が密度の高いところで速いた めと考えて良い。

なお、以下で関係するのでここで述べておくが、$D$の値と系の全エネルギー の間の関係は単純ではない。安定領域では$D$を大きくするためには系を冷や せばよく、したがってエネルギーと$D$は一対一に対応する。しかし、$D=709$ の中立安定点はエネルギーの極小値になっていて、これよりエネルギーの低い 熱平衡解は存在しない。言い換えれば、$D>709$ の解には、それと同じエネル ギーをもった安定解が常に存在する。

5.6 Hachisu and Sugimoto の解析の意味

HS は、安定性の問題を $\delta s$ に対する変分問題として定式化した。具 体的には、局所的なエントロピーの2次の変分(1次の変分は定義により0なので) を計算し、それを最大化する $\delta s$ を固有値問題を解く形で求めている。 つまり、

$\displaystyle \int_0^1 \delta s dM$ $\textstyle =$ $\displaystyle 0,$ (72)
$\displaystyle \int_0^1 \delta s^2 dM$ $\textstyle =$ $\displaystyle 1.$ (73)

という制約を加えた上で、系全体のエントロピー変化を最大化しているわけで ある。

これに対応する固有値問題は

\begin{displaymath}
\Lambda \left[{d\over dM}\left({5p^2r^7 \over TM}{d\over
dM}\right)-{3\over 8}\right]\delta s + \delta s + {3 \over 8}
= 0,
\end{displaymath} (74)

ちょっと書き換えると
\begin{displaymath}
\xi{d\over dM}\left({5p^2r^7 \over TM}{d\over dM}\right)\delta\ln T =
\delta s.
\end{displaymath} (75)

熱伝導からの我々の式を同じ形にすると


\begin{displaymath}
{d\over dM}\left(4\pi r^4\rho K {d\over dM}\right)\delta\ln T =
\lambda\delta s.
\end{displaymath} (76)

つまり、 HS の解析は


\begin{displaymath}
K = {\rho r^3 \over M}.
\end{displaymath} (77)

という形の熱伝導を考えたことに相当する。これはまあ大雑把にいって熱伝導 が密度に依存しないわけで、 星の場合と恒星系の場合の中間的なものになっ ている。


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Jun Makino 平成21年6月15日