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4 「現実の」球状星団

先ほど述べたように、球状星団の進化を普通に考えると、適当な初期条件から 始めると典型的には数十億年程度の時間がかかって重力熱力学的なコラプスを 起こす。その後の進化は、球状星団が理想的な質点系ならば重力熱力学的振動 を起こすということになるが、実際にそうなるかどうかにはいろいろな問題が ある。

  1. 星同士の物理的な衝突・合体の効果は無視できるとは限らない

  2. 始めから連星があるとまた話が変わる

4.1 連星

まず、初期にある連星の効果を考えてみよう。連星は極めて一般的なものであ り、太陽近傍の星は 50% 程度は連星である。また、種族 II の星も相当部分 が連星という観測結果もある。

これに対して、 1990 年頃までは、「球状星団には primordial な連星はない」 と思われていた。これは、 Gunn and Griffin (1979, AJ 84, 752) の広く影 響をもった仕事があり、かなり頑張って分光的な連星を球状星団で探したけれ ども全く見つからなかったという結果になったことが大きい。

しかし、1990 年前後から状況が大きく変わる。結局、観測精度が上がると様々 な方法で続々と連星が見つかってきたのである。

連星があるとコラプスの後の進化は大きな影響を受ける。これは、恒星進化で H の他に D があるようなもので、エネルギー生産率を非常に大きくするから である。

つまり、連星を作るためには、3つの星がたまたま同時に近くに来る必要があ り、このためには非常に密度が高い必要がある。 しかし、連星が初めからあ れば、それが他の星と近づけばそれだけでエネルギー生産になるわけである。

また、連星はもちろん単独の星より重いので、2体緩和の時間スケールで系の 中心に集まってくる。このために、星の場合とは違って、連星「燃焼」段階は 簡単には終わらない。

単純に初期には球状星団の星の相当部分が比較的コンパクトな連星であったと すると、緩和時間が短く重力熱力学的コラプスが起きるような星団でもほとん どの場合には現在まで連星燃焼段階が続くという結論になる。もっとも、そう だとすると極めて深くコラプスした M15 のような星団の存在が説明できない ことになり、球状星団と連星の関係については理論的にはともかく観測的、実 証的にはまだこれから研究するべき課題が多い。

4.2 星同士の衝突

現在の我々の銀河系では球状星団クラスの10万個以上星が集まったも のは全て非常に古いものであり、 従って現在ではあまり重い星はない。この ため、特に密度が高い球状星団コアにある星はほとんどが中性子星や重い白色 矮星であると考えられ、これらはは非常にコンパクトな星であるために物理的 な衝突は極めて稀である。 また、もっと若い散開星団では重い主系列星もあるが、星団自体の密度が低く てやはり物理的な衝突はあまり重力ではないと考えられてきた。

しかし、観測技術が 1990 年代にはいって進んだことで、この辺りも描像が大 きく変わってきた。一つは、我々の銀河中心近くで、非常に若くコンパクトな 星団がいくつか見つかってきたことである。 Arches, Quintuplet といった星 団は、銀河中心から 30pc 程度の距離で 1 万個程度の星が集まった星団であ り、年齢も数 Myrs と極めて若い。これほど銀河中心近くで存在できていると いうことはもちろん極めて高い密度を意味しており、 星同士の衝突が特に中 心部では無視できない。

また、 LMC や M82 などの系外銀河の星形成領域では、非常にコンパクトで大 質量な星団が見つかってきている。

最近のシミュレーションの結果では、これらの星団では中心で星同士の暴走的 な合体が起きる可能性が指摘されている。つまり、元々重い星が中心の密度が 高いところに集まってくるので、これら同士が選択的に衝突する。衝突によっ て重い星ができると、それは衝突断面積が大きくなるので他の星より衝突しや すくなり、ますます衝突・合体によって成長する。これは、この暴走的に成長 した星が超新星になるなりブラックホールになるなりするまでとまらない。

つまり、現在の球状星団ではこれから中心にブラックホールが形成されること はありえないが、最近見つかってきた若くて高密度の星団ではそのようなこと が現在起きているかもしれない。これは、我々の銀河系の球状星団でも、昔に はそういうことがおきたかもしれないということでもある。

4.3 中心ブラックホールのある星団の構造と進化

では、中心にブラックホール(というか、なんか重いもの)がある星団ではどの ような構造が見られることになるだろうか?これに理論的に答えたのは Bahcall and Wolf (1978) である。この頃には球状星団の中心にブラッ クホールがある可能性がかなり高いと考えられていたため、そのような方向の 研究が盛んであった。しかし、 球状星団の X 線源がほとんど Low-mass X-ray binary、つまり中性子星と小さな主系列星の連星であり、また必ずしも 星団中心にあるわけでもないということが 1980年代になって明らかになった ため、しばらくこの方向の研究は止まっていた。

それはともかく、Bahcall and Wolf はフォッカープランク方程式を数値的に 解くことで密度構造を決めたが、その結果は解析的に理解できることがわかっ ている。その考えは以下のようなものである。

中心部分の、ブラックホールの重力が支配的な領域を考え、また簡単のために 分布関数は等方的であるとする。 速度分散はポテンシャルで決まるので、ケ プラー速度になって速度は $v \propto r^{-1/2}$ になる。密度が $\rho $ であるとしよう。

中心に向かって温度があがっているので、熱は中心から外側に向かって流れる。 ここで、定常状態ならば熱流 $L$ が半径に依存しない。

大雑把にいうと、ある半径での熱流は、そこでの緩和時間くらいの間にその領 域の全エネルギーぐらいが流れ出すと考えることで見積もることができる。こ れはなんか根拠がない仮定であると思うかもしれないが、仮に密度が半径のべ きであるとすれば、 温度は元々半径のべきなので無次元量としての温度勾配 の大きさはどこでも同じになるため、この仮定は正しいことになる。

問題は、ではそういうべき乗の解はあるかどうかということだが、緩和時間は $t_r \sim v^3/\rho$ の程度、全エネルギーは $T = Mv^2 \sim \rho r^3 v^2
$ の程度なので、 $T/t_r = 一定 $ と置くことで

\begin{displaymath}
\rho \sim r^{-7/4}
\end{displaymath} (9)

という関係がでてくる。

こんな大雑把な計算でいいのかと思うであろうが、割合うまく数値計算の結果 を説明できている。

4.4 熱的進化以外の場合

ここまでは中心にブラックホールがある系について、周りにあるのが同一の質 量の星の集団であり、熱力学的な定常状態になれば密度が半径の $-7/4$ 乗の べき分布になることを導いた。これは理論的には美しいが、必ずしも非常に現 実的なケースとはいいがたい。以下では、より現実的と考えられるいくつかの 場合について、分布がどのようになるべきかを考えてみる。具体的には、以下 の 3 ケースを考える

  1. 中心ブラックホールが断熱成長する場合

  2. 力学的な時間スケールで「突然」中心ブラックホールができる場合

  3. 質量分布がある系の熱力学的な進化

これらはそれぞれ、対応する現実的な系がある(かもしれない)と考えられる。

4.5 中心ブラックホールが断熱成長する場合

これは、例えばガス降着などでブラックホールが比較的ゆっくり成長する場合 に、周りの恒星集団の分布がどう変わるかという話である。ゆっくりといって も、力学的な時間スケールよりは十分に遅いが2体緩和の時間スケールよりは 速いものを考える。これは、銀河中心の巨大ブラックホールの場合にはありそ うな話である。

QSO や AGN のcentral engine は巨大ブラックホールへのガス降着であると考 えられているので、ガス降着が終わったあとの恒星系の分布は、この、ブラッ クホールが断熱成長した場合で与えられると考えられるであろう。この場合の 分布関数の変化を数値的および解析的に調べたのは Young (1980, ApJ, 242, 1232) である。以下、彼の論文の議論を要約しよう。

始めはブラックホールがなかったとして、分布関数が $f(E,J)$ であるとする。 考えないといけないことは以下の2つである。

というわけで、順番に考えていこう。

まず、$(E,J)$ にいた星ががどこに移動するかであるが、 ポテンシャルは球 対称のままなのでその形が変化しても角運動量 $J$ は保存する。従って、 $E$ の変化だけを考える。 ポテンシャルの変化はゆっくりであるとしたので、 断熱不変量がある、具体的には、 radial action

\begin{displaymath}
I_R = \oint v_r dr = 2\int_{r_-}^{r_+} [2(E-\phi)-(J/r)^2]^{1/2}dr
\end{displaymath} (10)

が保存することになる。

初めに恒星系は有限サイズのコアを持っていたとしよう。この時、コアの十分 内側では、 ポテンシャルは中心密度を $\rho_0$ として

\begin{displaymath}
\phi = \frac{2 \pi}{3}\rho_0 r^2
\end{displaymath} (11)

で与えられ、断熱不変量は
\begin{displaymath}
I_R = \oint v_r dr \propto \sqrt{\frac{3}{\rho_0 \pi}}E-J
\end{displaymath} (12)

(比例係数は無視)となる。 さて、ブラックホールが十分に成長した後、元々コアの中心近くにいた星はブ ラックホールのポテンシャルの深いところにいると考えよう。この時には、新 しいポテンシャルは $-M_{BH}/r$ であり、断熱不変量は
\begin{displaymath}
I_R^* = 2\pi(-J+M_BH\sqrt{-2E^*})
\end{displaymath} (13)

となる。これを解けば $E^*$ は求められる。但し、ここでは BH ができてか らの量に $*$ を付けて区別することにした。

さて、問題は、 $f^*(E^*, J)$ がどうなるかであり、これがわかれば密度分 布がわかる。少しややこしいのは、最初のエネルギーが同じであっても最終の エネルギーは角運動量 $J$ によって違うことで、このために算数が少し面倒 になる。

分布関数 $f$ ではなく、 $(E,J)$ 空間での分布関数 $N(E,J)$ を考えると、 ブラックホールの成長によってこれは滑らかに射影されるので

\begin{displaymath}
N^*(E^*,J)dE^*dJ = N(E,J)dEdJ
\end{displaymath} (14)

なる関係が成り立つ。$J$ は同じなので、これは
\begin{displaymath}
N^*(E^*,J)dE^* = N(E,J)dE
\end{displaymath} (15)

ということである。従って、 $dE/dE^*$ が計算出来ればいい。ここでは、 $I_R$$E$ の関係を使ってみよう。つまり、$I_R$$E$ で偏微分すると
\begin{displaymath}
\left.\frac{\partial I_R}{\partial E}\right\vert _J = P(E,J)
\end{displaymath} (16)

となることが知られている。但し、ここで $P(E,J)$ は半径方向の周期である。 (計算は簡単であるのでやってみること) 従って、
\begin{displaymath}
\left.\frac{dE^*}{dE}\right\vert _J = \frac{P(E,J)}{P(E^*,J)}
\end{displaymath} (17)

となってだいぶ目標に近づいてきた。

後は $f$$N$ の関係だが、これは単に

\begin{displaymath}
N(E,J) = 8\pi^2 Jf(E,J)P(E,J)
\end{displaymath} (18)

であるということが知られている。で、結局これらから何がわかるかというと、
\begin{displaymath}
f^*(E^*,J)=f(E,J)
\end{displaymath} (19)

ということである。と、これは Young の論文にそった議論だが、単にリウビ ルの定理からもこの場合に $f$ が保存するのは当然な気もする。まあ、それ はともかく、結局、初めにコアの中心近くにいたとすると $f$ は一定なので、 結局ブラックホールの近くではやはり $f^*$ が一定となる。この時は、速度 が $r^-{1/2}$ で上がるので、 $f$ を一定に保つためには $\rho \propto
r^{-3/2}$ でないといけないことがわかる。

つまり、ブラックホールが恒星系の中心で断熱的に成長する場合には、ブラッ クホールの十分近くでは $\rho \propto
r^{-3/2}$ のカスプができることに なる。

これは美しい理論であり、また重要な結果でもあるが、直接に天文学的な応用 があるかと言われると難しい。ブラックホールがあるという観測的な傍証があ るのはおもに巨大楕円銀河と近傍の円盤銀河であるが、どちらも中心スロープ が $-3/2$ とは遠く離れているからである。

具体的には、巨大楕円銀河ではスロープが非常に浅く、 $-0.2$ から $-1$ 程 度の範囲に分布する。これに対して、我々の銀河系や近傍の円盤銀河では、 $-2$ 的と考えられている(我々の銀河系でもブラックホールに本当に近い、距 離にして 1 pc くらいのところなのでなかなか良くわからないが)。

巨大楕円銀河でカスプが非常に浅いことは、ブラックホール、巨大楕円銀河の 起源を考える上では大きな問題である。もしも、 QSO が巨大楕円銀河の直接 の projenitor であって、 QSO のガスが無くなって静かになったものが巨大 楕円銀河であるとするなら、ブラックホールの周りの恒星の分布は $-3/2$乗 カスプになりそうなものだからである。

それ以前に、そもそも $-1$ よりも浅いカスプを作る方法はあるのかというの も問題である。

ここまでは、

を考えた。もうひとつの可能性として、力学的な時間スケールでブラックホー ルが形成されるか、あるいは系の中心以外のところから落ちてくることが考え られる。


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Jun Makino 平成21年6月22日