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2 大質量ブラックホールとは

といっても、ここではブラックホール自体の物理については特 に触れない。まず、ブラックホール存在の観測的な根拠とされているものにつ いて簡単に触れ、次にその理論的な裏付けについてまとめる。

2.1 大質量ブラックホールの「観測的証拠」

詳しい議論は例えば ソーン(Thorne)の解説書[13]やクロリック(Krolick) の教科書 [3]をみていただくとして、ここでは簡単に何故多くの銀河の 中心に非常に大質量のブラックホールがあると考えられているかをまとめる。

観測的な根拠は基本的には2種類である。一つは、非常に狭いところから非常 に大量のエネルギーが放射されているというものである。エネルギーがあまり に大きいので、通常の核融合等では説明が困難であり、相対論的な天体にガス が降着する時に解放される重力エネルギーで光っているという以外の解釈はほとん どありえない。

中心が明るく光っているのはクェーサーや活動銀河核だが、現在の観測技術を もってしても実際に光っているところ自体の大きさが見えるわけではない。そ のかわり明るさの時間変動のタイムスケールから大きさに上限をつけることが できる。基本的にはある時間 $T$ の間に大きく明るさが変わったとすれば、 光っているものの大きさが光速を $c$ として $cT$ よりも大きいというのは ありそうにないからである。活動銀河核からのX線放射では数時間程度の時間 変動は珍しくないので、これは大きさが最大で数十天文単位程度( $1天文単位
\sim 1.5\times 10^8{\rm km}$)ということになる。

さらに明るさの絶対値から質量に下限がつけられる。これはいわゆるエディン トン光度という重力と輻射圧が釣り合う明るさを使って評価する方法である。 ある質量の天体を考えると明るさがエディントン光度を超えると周りのガスが 吹き飛ばされてしまうのでそれ以上は明るくなれない。逆にある明るさをもつ 天体の質量には最小値があることになる。クェーサーや活動銀河核ではこの 質量は $10^8 {\rm M_{\odot}}$前後になる。

もう一つの観測的な根拠は、銀河中心近くのガスや星の運動である。我々の銀 河を含む多くの銀河は中心がそれほど明るく光っているわけではない。そのよ うな銀河でも、十分に分解能が高くかつ高精度の観測ができているもののほと んどには、中心に非常に質量の大きい「ブラックホール候補」があるというこ とになってきている。現在のところ、もっともブラックホールの存在が確実視 されているのは我々の銀河系の中心と、メーザー観測のあるNGC 4252などであ る。

観測からわかることは、基本的には速度情報、つまり、中心からある距離にあ るガスや星がどのような速度で動いているかということである。これから、そ れらのガスや星が力学平衡にあると仮定し、さらに質量分布が球対称であると 仮定すれば、その半径の内側にある質量を決めることができる。中心にブラッ クホールがあるというには、十分小さな半径でこの質量が半径 に依存しなくなることがまず最低の条件ということになる。

しかし、十分小さな範囲で一定になったからといって、そこにあるものがブラッ クホールであるというには根拠が弱い。 ブラックホール自体の半径は、例えば我々の銀河系の中心にあるとされている 260万 ${\rm M_{\odot }}$のもので 1000 万 km 程度でしかない。これに対して実際に 質量が押さえられている半径は 0.01 パーセク( $1パーセク=3\times
10^{13}{\rm km}$)で、 1万倍以上の差があるからである。

この間は理論的な議論で埋めるしかない。理論的な議論のベースになる理屈は、 ブラックホールでないとするとそのような天体は宇宙年齢の間には壊れてしま うはずであるというものである。具体的には、次のような天体であるとすれば その寿命は短すぎて現在存在しないという議論になる。

ここで考える星団とは、球状星団のように多数の星がお互いの重力で集まって いるものである。星団以外の可能性はないのかという意見もあろうが、このあ たりはいいだすときりがないのでまあ適当なところで打ち留めにせざるをえな い。さらに、普通の星の星団であれば宇宙年齢程度の間にはお互いにぶつかり あって、星ではないなにかになる。従って、実際上は中性子星やブラックホー ルの集団を考えることになる。

2.2 星団が「壊れる」とは -- 自己重力の熱力学入門

後の議論にも大いに関係するので、ここで「壊れてしまう」とはどういうこと かを少し考えておこう。

一般の星団や銀河を考える時には、まず重要なのは他の星団や銀河との相互作 用である。しかし、いま考えているような、非常に密度が高くて自分の重力場 が卓越している星団では、そのような外からの影響は無視してよい。 この時 には、星団の進化は熱力学に従う、つまり熱平衡状態にむかって進化すると考え られる。ここでの問題は、実は星団のような自己重力系には安定な熱平衡状態 は存在しないということである。

熱平衡であるためには、速度分布関数はマックスウェル分布でないといけない。 しかし、マックスウェル分布では速度分布は速度無限大まで広がるが、自己重 力系では、エネルギーが無限遠でのポテンシャルエネルギーの値以上のものは 系から脱出して無限遠に消えていってしまう。このために、熱力学的な緩和時 間のタイムスケールで粒子が系から逃げていく。

実際の系の進化はもうちょっとややこしい。というのは、分布関数の進化が、 系の空間構造の変化も同時にもたらすからである。話を簡単にするために、球 形の断熱壁のなかの理想気体を考えてみる[2]。この場合は壁で囲ったので熱平衡状態はある。が、重力が無視できないほど大きな(ある いは温度が低い)気体を考えると、重力のために中心の圧力・密度が壁のとこ ろよりも高くなっている。

この時に、中心部から少し熱を抜いて、それを壁の近くに与えてみる。壁のと ころは熱を貰うので温度が上がるだけで、これは普通の話である。中心部は熱 をうばわれて温度が下がる。と、圧力も下がるので全体に収縮する。収縮すれ ば断熱圧縮で温度が上がる。重力の効果が十分に大きいと、この断熱圧縮によ る温度上昇のほうが勝って、中心部では熱を奪われたのに温度が上がることに なる。この温度上昇が外側の温度上昇より大きくなれば、結局熱を外に運んだ ことでそれを強めるような温度勾配ができ、ますます外側に熱が流れる。その 結果、中心部の密度・温度がどんどん上がっていく。これは重力熱力学的カタ ストロフと呼ばれている。 星団の場合には理想気体と違い、平均衝 突時間が長いために全く同じことが起きるというわけではないが、基本的には このように中心部の温度・密度が上がっていくことになる。

なお、いうまでもないが別に熱力学に反したことが起きているわけでは なく、あくまでも普通の理想気体に自己重力の効果をいれただけである。

星団の最終的な運命がどういうものかが問題であった。重力熱力学 的カタストロフによって、理想気体では有限時間で中心密度は無限大になる。 現実の恒星系ではいくつかの可能性がある。一つは、中心部が密度が上がる過 程で相対論的になり、そのままブラックホールになるというものである。もう 一つは、普通の星2つが重力で結合した連星になり、その結合エネルギーをまわりに与 える、つまるエネルギー生 産を始め、それにより定常状態が達成されるというものである。このような連 星が形成されるためには 3体の近接散乱が起きる必要があり、そのためには星の数密度が十分に高い必要がある。このために、密度が低い段 階では連星ができることはなく、十分に密度が上がって初めて連星ができる。 ブラックホールもやはりエネルギー源として働くので、星団全体の進化はどち らの場合もあまり変わらない。

星の場合ではこのように中心にエネルギー源が出来た段階でいわゆる主系列星 になり、そのあと非常に長い間安定な定常状態をたもつが、星団の場合には定 常状態では星団全体が膨張することになる。この違いは本質的には熱伝導の密 度依存性の違いによる。星では熱伝導をになうのは放射伝達であるので密度が 低いほど熱伝導が速く、外側は中心で発生した熱を自分が膨張しないで真空に 捨てることができる。しかし、星団では熱伝導は2体の重力散乱により、密度 が低いほど遅くなる。真空に熱を逃がすことは不可能であり外側は膨張する。 その結果全体として膨張することになる。

2.3 ブラックホールの根拠

前節の議論から、非常にコンパクトで大質量な星団があったら、それは熱力学 的な緩和時間のスケールで膨張することになる。少なくともいくつかのブラッ クホール候補については、構成要素を普通の星程度の質量のものだとすればこ の膨張のタイムスケールが宇宙年齢よりもずっと短く、現存していないはずで ある。このことが、ブラックホールであろうという根拠である。

まあ、これは随分理論的な議論で、根拠としては弱いのではないかという気が するかもしれないが、それでも様々な観測事実をもっともうまく説明できるの は銀河中心に大質量ブラックホールがあるというモデルであり、それ以外に説 得力があるモデルは実際上ないといっていい。



Jun Makino
平成14年6月13日