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3 アストロメトリ

しかし、天体物理学が「全波長天文学」という一つの目標をほぼ達成した現在、 我々が今以上に新しい宇宙の情報を求めるとすれば、それはどこにあるのだろ うか?もちろん、 20 世紀の方法をより精密にし、高感度、高分解能(空間、 波長の両方で)を目指すことで新しい知見が得られることに間違いはない。し かし、それだけでよいのだろうか?

ここで、 19世紀の天文学、すなわち天体力学 celestial mechaics と位置天 文学 astrometry が 20 世紀にどう発展したかを考えてみる。天体力学につい ては本稿のカバーする範囲ではないし、谷川・伊藤による詳細なレビュー 2があ るのでここでは触れない。

位置天文学としては、ここで重要なのはなんといっても HIPPARCOS である。 HIPPARCOS はほぼ 1kpc の距離まで年周視差によって距離を決定できる。すな わち、ほぼ $10^{-3} {\rm arcsec}$ の精度で恒星の位置決定が可能であった。 (10% の精度を要求すれば距離の限界は 100 pc になる。)

この画期的な精度によって明らかになったことは数えきれないが、質的に大き な発見としてここであげたいのは、銀河の星のほとんどがクラスターやストリー ムといったおそらくは起源を同じくする星の集まりの属しているということで ある。銀河系のこれまでのイメージは、ディスクにせよハローにせよあるグロー バルな分布関数にしたがって星が分布しているというものであった。この描像 では、スパイラルアームのような構造は一様な状態が力学的に不安定であるた めに生まれたものということになる。

ヒッパルコスが明らかにしたことは、この考え方が根本から間違っているとい うわけではないが、個々の星はそれが生まれた時の情報をまだ強く残しており、 別のところ・別の時刻に生まれた星が混ざりあって見分けがつかなくなってい るというわけでは必ずしもないということである。

このこと自体は、いわれてみれば理論的には当然のことである。ある星形成領 域でほぼ同時に生まれた、相対速度も極めて小さい星の集まりは、銀河内を運 動する間に軌道周期の違いなどでゆっくりと広がっていく。そのタイムスケー ルは大雑把にはもとの星形成領域の大きさと銀河系の大きさの比の逆数に軌道 周期をかけた程度になるわけで数 10 パーセク以下の大きさなら宇宙年齢より 長い時間がかかるからである。

いわれてみればそうであるが、これは HIPPARCOS によって発見された予期し ない結果であった。このような、銀河が形成過程を反映した微細構造を持つこ との意義はまだ十分明らかになったとはいいがたいかもしれないが、これから の観測的・理論的な銀河形成の研究に極めて大きなインパクトをもたらした。

論理的には HIPPARCOS の次のステップは銀河系全体の astrometry、 すなわち 10kpc 以上まで年周視差で距離決定を行うことである。これは次世 代の衛星、すなわち GAIA, SIM, JASMINE によって達成されることになろう。



Jun Makino
平成14年10月4日