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3 同時性計算

一つの問題は、これがあっていることを示すのも間違っていることを示すのも 実はあまり簡単ではないということである。というのは、後縁では表面の流れ は有限の速さをもってでていくが、普通の翼断面では前縁に流れ込む流線は表 面で速度 0 になり、無限に時間がたっても本当の表面には到達しないからで ある。ちなみにこの流線が速度0で物体に着く点のことをよどみ点という。

まあ、そういうわけ、同時に着くかどうかというのはそもそも意味がない問題 設定ではないかという気もしてくるわけだが、例えば、無限前方で、前縁に流 れ込む流線から同じだけ上下に離れた流線にそって動く流体ならどうか?とい うような問題にすれば答を出すことができる。

が、一般の翼断面でこの問題に解析的な答を与えるのはそんなに簡単ではない。 いや、本当は簡単なのかもしれないけど、僕があんまり複素関数論知らないか らね。まあ、少なくとも、流線上のある点から別の点に着くまでの時間が、よ どみ点の手前と先では全部無限大になるので正則関数にならず、留数とか使っ てうまく積分できるわけではないというのは多分本当だと思う。

そういうわけで、「こんなの意味ない」と放り出すのが 正しい精神のあり方ではないかという気もするが、もうちょっとなんとかなら ないかどうか考えてみる。よどみ点があるから計算が面倒になるのなら、よど み点がない流れを考えればいいではないか。

さて、ではよどみ点がない流れはあるかというと、もっと簡単なのは迎角のな い平板翼の回りの流れである。迎角がなくて完全流体なら、流れは平板翼があっ てもなくても同じ、速度が一様な流れである。従って明らかによどみ点はない。 また、前縁で別れた流れが後縁に同時に到着するのも明らかである。

しかし、この場合には残念ながら揚力も発生しないので、同時に着くから揚力 が発生するというのが正しいか間違っているかというのの答にはならない。 一般に、翼断面が上下対称なら、よどみ点があろうがなかろうが、対称性から 前縁で別れた流れが後縁に同時に到着するに決まっているわけだが、この時に は絶対に揚力は発生しない。

では、上下対称ではなく、しかも前縁によどみ点が発生しない流れというのは 可能だろうか?平板翼を傾けると揚力は発生するが、必ず前縁の下後方によど み点が発生する(上を流れる流れは下から前縁を回りこんで上にでる)。また、 普通の前縁が丸い断面では迎角があってもなくても必ずよどみ点が発生する。 従って、前縁が尖っていてしかも流れがちょうど前縁で別れ、なおかつ揚力を 発生しないといけないわけである。

そんな都合のいいものはあるか?というわけだが、実は存在する。上下を対称 にする代わりに前後を対称にすればいいのである。完全流体で考える限り、翼 断面が前後対称なら流線も前後対称であり、これは循環があってもなくても成 り立つからである。

というわけで、前後対称な円弧翼の回りで、クッタ条件を満たす流れを考える ことにする。

円弧翼は、ジューコフスキー変換

\begin{displaymath}
z = \zeta + \frac{\cos^2\alpha}{\zeta}
\end{displaymath} (3)

によって、中心が虚軸上にある単位円
\begin{displaymath}
\vert\zeta - i\sin \alpha\vert = 1
\end{displaymath} (4)

を変換することで与えられる。

ここで、中心をずらしておくのは、中心が一致しているともちろん単なる平板 に映るからである。

さて、原点を中心とする単位円の回りの流れは

\begin{displaymath}
W= \frac{df}{dz} = 1 - \frac{1}{z^2} + i\frac{\Gamma}{2\pi z}
\end{displaymath} (5)

で与えられる。ここで $W$ は共役速度ベクトルで、 $W=u-iv$ と成分で書い た時に $(u,v)$ が速度ベクトルになる。右辺の最初の項である 1 は一様な流 れ場を表す。$f$ は複素速度ポテンシャルであり、要するに上のように微分す ると共役速度ベクトルになる量である。ある$z$ の関数が複素速度ポテンシャ ルであるための必要十分条件は、それが流れのあるところ(物体のないところ) で正則であるということであり、基本的にはまともな関数ならなんでも流れ場を与えるわけ である 。 で、次の項をと一応な流れ場を足したものが、循環のない時の円 柱まわりの流れ、つまり単位円上で法線方向の速度がない流れ場を実現するた めの付加的な項になる。無限遠方で一様流になるために、 $1/z$ で展開でき ないといけないので $1/z^2$ の形になる。もちろん原点では特異だが、これ は物体の中で流体はないので問題ない。

最後の項が循環で、 $1/z$$i$ をかけているので $z^*$ に直交している ことがわかる。これの共役をとったものが速度なので、循環による速度成分は 位置に直交し、円運動を作っていることがわかる。なお、循環が完全に円運動 であるのはもちろん物体が円柱で、その表面で速度が法線方向成分をもたない、 つまり表面にそった円運動でないといけないという要請からきている。物体表 面では円で離れたところではずれるようなことはどうしてできないのかという 疑問はあると思うが、これは数学的にはそういうことはできないというのが正 則関数の性質である。

2次元の流れ場の著しい特徴は、ある複素速度ポテンシャル $f$ を適当な等角 写像 $z = z (\zeta)$で射影したものも必ず複素速度ポテンシャルであるとい うことである。このことから、変換した後の共役速度は


\begin{displaymath}
\frac{df}{dz} = \frac{df}{d\zeta}\frac{d\zeta}{dz}
\end{displaymath} (6)

で与えられることがわかる。原点がずれているので、元の流れ場は

\begin{displaymath}
W= \frac{df}{d\zeta} = 1 - \frac{1}{(\zeta-i\sin\alpha)^2} + i\frac{\Gamma}{2\pi (\zeta-i\sin\alpha)}
\end{displaymath} (7)

となるが、これは面倒なので $\xi = \zeta -i\sin\alpha$ と平行移動すると、 流れ場は

\begin{displaymath}
W= \frac{df}{d\xi} = 1 - \frac{1}{\xi^2} + i\frac{\Gamma}{2\pi \xi}
\end{displaymath} (8)

ジューコフスキー変換のほうは

\begin{displaymath}
\frac{dz}{d\xi}=1-\frac{\cos^2\alpha}{(\xi+i\sin\alpha)^2}
\end{displaymath} (9)

となる。

ここで、前縁および後縁に対応する点は、 $\xi = \pm \cos \xi
-i\sin\alpha$ で、ここで $dz/d\xi = 0$ なので後縁条件を満たすためには $df/d\xi =0$ でなければならない。このことから

\begin{displaymath}
\Gamma = 4\pi \sin \alpha
\end{displaymath} (10)

というふうに循環の値が決まる。 これから変換したあとの共役速度 $df/dz$$\xi$ で表すと、妙に簡単な
\begin{displaymath}
\frac{df}{dz} = \xi^2(\xi+i\sin\alpha)^2
\end{displaymath} (11)

という形で書けることがわかる。

$\xi^2$ の絶対値は単位円上なので 1 であり、次の項は $-i\sin \alpha$ か らの距離の2乗なので、円弧翼の上面に対応する、虚部が $-i\sin \alpha$ の 線の上方では常に前縁、後縁にあたる $\cos \alpha - i \sin \alpha$ より 大きく、下では逆に小さくなっている。従って、結論として円弧翼の上面での 速度は常に下面での速度より大きく、しかも経路長は同じなので、上面の流れ が必ず先に到着することが証明できた。


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Jun Makino
平成14年9月5日