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7. 「専門家」を信用するのか?信用しないならどうするのか?ということ(2011/12/11)

食品の汚染については、その深刻さが次第に明らかになってきています。

米については、7月くらいに空間線量率が 3uSv/h を超えるところでは暫定規制 値の 500Bq/kg を超えるのではないか?と書いたのですが、現在の福島の状況 を見ると全く外れというわけでもないようで色々なところで暫定規制値を超え る米が発生しています。もっとも、水田の汚染量と米の汚染量の対応が よくわからないので、実際に水田の汚染がどれくらいのところで 暫定規制超えになっているのかははっきりしません。

とはいえ、こんな予想があたってもひとつも嬉しくないわけですが、暫定規制 を超えるものまででている、ということは、その 1/10 の 50Bq/kg とかの米は はるかに沢山ある、ということです。

また、前項でみたように、リンゴでは20万円程度の安価(というには高いです が)な機械でも検出できるようなレベルのセシウムを含んだものが 東京都内のコンビニでも普通に販売されています。

既に 1 で述べたように、外部被曝で 1mSv/年 を 目標にするなら、 ICRP/IAEA で用いられている内部被曝の換算係数 (預託実効線量というもの)を使っていても、食べるものの汚染程度が 50-100 Bq/kg 以下になっているべきであり、 500 は全く論外です。

もちろん、なにもかもが 500Bq/kg まで汚染されているはずはなくて、 そんな高いところのものはほんの一部だから問題ない、という ような主張はありえます。

ここでやはり問題なのは、ICRP/IAEA 的な被害予測モデルを信じて大丈夫か? ということです。そのような疑問をもたざるを得ない理由は、チェルノブイリ 周辺の健康被害状況の報告がIAEA/WHO のレポートとウクライナ政府によるものです さまじい違いがあることです。IAEA/WHOレポートでは確認されたのは甲状腺ガンだ けで、その死者は推定15人、それ以外はなんの問題もない、むしろ、色々な 理由での精神的ストレスが最大の問題であった、といったことが書 いてあることは色々なところで紹介されています(最近はそれ以外も多少は認め ているようです)。

これ対してウクライナ政府のレポートには、原発から30km 以内から避難した人々 ではガン以外の様々な疾患が有意に増加している、それは特に事故時に 8-16 歳だった子供で高い、といったことが書いてあるわけです。

というようなことを書くと、国際機関で権威ある WHO のレポートを疑うのか とかウクライナの調査なんか信用できないとか色々な反論がもちろんあるわけ です。また、 ICRP/IAEA 的なガイドラインに従っておけば十分であり、現在そ れからもはずれているのは問題だけどそれ以上心配することはない、それ以上 に危険があるかもしれないというのはいたずらに不安をあおるものであり、市 民の科学や科学者に対する信頼を傷つけるもので言語道断である、といった種 類の主張をする人も科学者の中にもまた一般の人(福島県の住民の方を含めて) にもいます。

しかし、例えばウクライナの調査は信用できない、というなら、広島・長崎の 調査についても様々な問題を指摘できることも良く知られていることと思いま す。まず、長期の疫学調査についてはサンプルが設定されたのは1950年ですか ら、それ以前のことは統計に入ってきません。例えば被曝由来と思われる白血 病は遅くても 1947 年には発生したことが報告されていますが、それに対する 統計には不備があるわけです。もちろん、報告があった、ということは その時点では確実にあった、ということを意味するだけでそれ以前に なかったということを証明するわけではありません。

福島原発の作業員が急性白血病でなくなったり、番組中で度々福島県産の農作 物を食べてみせていたアナウンサーが急性白血病を発病したりまた釣り(イン ターネットでの釣りではなくて本当の魚釣り)ジャーナリストがやはり白血病で なくなった、といったことがあり、被曝との関連が話題になりました。

これらのケースが話題になると、専門家のコメントとして被曝とは無関係、と いうのが必ずでてきます。作業員の方の場合は、福島原発で働いていたのは一 週間で、被曝量は 0.5mSv、それ以前の記録はない、ということで、これらが事 実ならもちろん被曝との関連はないでしょう。

しかし、残念ながら私達は、東京電力は嘘をつく会社である、ということを知っ ています。これは、3.11 以前の様々な事故隠しで知られていたことです が、 3.11 以降の事故の重大性や放出した放射性物質の量の当初数週間の発表 で、事故後も同じやり方で嘘をついてることが明らかになっています。

もちろん、3月以降の東電は3月の東電とは違う、心を入れ替えた会社で発表し ていることは全て事実である、という可能性も理論的には否定できるわけでは ありませんが、個人的にはそのような前提でものを考えることはあまりにお気 楽にすぎるのではないかと思います。

アナウンサーやジャーナリストの方については、「急性」白血病でも発症まで は2年とかそれ以上かかることが「わかっている」ので、今の時期に発症するこ とはありえない、といった主張が散見されます。この主張の根拠の一つは広島・ 長崎での調査ですが、これは1950年以前については確実なものとはいいがたい のは既に述べた通りです。

もうひとつの根拠は、いくつかの研究で白血病の細胞が増殖するタイムスケー ル、つまり2倍に増える時間は4日から10日だ、とわかっている、というもので す。発症には100億とか1兆個くらいまで増える必要がありまたこれは発症して からの増加でその前はもっと遅いであろうから(この推測の科学的根拠は特に与 えられていないのですが)数ヵ月で発症はありえない、というわけです。

しかし、もしも4日で倍になるなら40日で1000倍、160日で1兆倍になるわけで、 元が1つでも5ヶ月もあれば十分、ということになってしまいます。なので、こ れは被曝から数ヵ月で白血病が発生しえないということを科学的に証明する議 論にはなっていないわけです。

というようなことを細かく検討すると、メディアで報道される「被曝とは無関 係」という「専門家」の発言はどのような根拠に基づくものなのか?はあまり 良く理解できません。事故の数日後になっても危険はありませんと テレビ等でいっていた原子炉工学の専門家の発言に比べてより 根拠があると判断していいかどうかわからないわけです。

3.11 以降の数週間で明白になったことは、東電・国だけでなくて「専門家」も 平気で嘘をつく(ないしは少なく間違ってるとあとですぐにわかることをいう) ということです。もちろん、原子力工学の専門家は嘘をつくけど放射線医学の 専門家はそんなことはない、という可能性もあるわけで、これは東電が心を入 れ替えたよりは可能性が高いと思います。しかし、自分や家族の命に関わる問 題ではもう少し慎重であったほうがよいのではないかと思います。

ここで、作業員、アナウンサー、ジャーナリストの方の白血病と被曝に関係が ある可能性が高い、ということをいっているわけではありません。あくまでも、 関係を否定する議論の科学的根拠は明白ではないように思われる、ということ をいっています。

3.11 以降科学技術と科学者、技術者の信用には著しく傷がついたわけですが、 私はそれでも、科学的方法というのは有用で確実な知識を得る、またそれを現 実に応用するための信頼できる方法であると思っています。実際、3.11 以降の 1週間の間に、文部科学省等が発表した各地の空間線量値や気象データから、適 切な科学的知識と多少の計算によって「東電は1000倍くらい放射性物質の放出 量を小さくいっている」ということを見いだすことはできたわけです。

もっとも、これは空間線量と放射性物質の量の関係が単純な線形関係で、定義 に戻り、数倍の誤差がある可能性に注意していれば原理から比較的容易に求め ることができるものだからです。健康被害については、特に内部被曝の健康へ の影響についてはそのような単純な関係推定は不可能で、実験や調査によるし かありません。で、それぞれ「科学的」と思われる調査で結果に大きな幅があ るわけです。

この幅を「科学の不確定性」とかいってお茶を濁すのは まあ本当はあまり「科学的」ではない態度で、どういうふうにこういう違いが でているのかを少しチェックしたほうがいいでしょう、というわけで、 2006年の WHO の報告書を眺めてみます。

小児白血病についての Expert Assessment (P56) のくだりを見ると

 Expert Assessment
 Consensus
 The available evidence from ecological studies is not entirely
 convinsing, particularly in light of the results from Belarus.
 The statistical power of these studies was low ....
というような調子で、その上を見ると論文の結論としては統計的に有意と なっているものについても、「信用できない」「統計弱い」として切り捨て ています。

2 で食品安全委員会の「科学的判断」について は若干の疑問があるのではないかと書きましたが、WHO のレポートも同じよう な論理で科学的な根拠なしに色々なものを「信用できない」と切り捨てる ことで成り立っているように見えます。ここでは1例だけをあげています (甲状腺がんの章の次に最初にでてくるものだったので)が、基本的にこういう 調子で書いてあるものです。

健康被害についての確実な下限値を求めるのが目的であればこの方法でよいわ けですが、それはつまり求まってるのは下限値でしかなくて期待値でも上限値でも ない、ということです。

大雑把にいうと、ウクライナ政府レポートはそういう WHO レポートでは絶対確 実ではないということで切り捨てたものが載せてある、というふうになってる わけで、結果に大きな違いがでてくるのはまあ当然です。両方を並べてみると、 WHO レポートは確実な数字だけど下限値で確実にバイアスあり、ウクライナ政府レ ポートは確実ではないけれど明らかなバイアスはない、というところで、どちらが真 の値に近い、とは言えない、というのが現状でしょう。

そうすると、行動指針としてはどちらが正しい可能性も無視できない、と するしかないのではないでしょうか?

通常は、専門家の見解というのはまあ信用できるものである、という前提で現 代の社会は成り立っていることはいうまでもないのですが、「専門家」、ある いは国際機関と国家、というレベルで見解の相違がでてくるような場面では一 方の見解を無条件に正しいとするわけにもいかないのではないかと思います。
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