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9. 大量検査の感染抑制効果(2020/12/31 2021/1/1 ちょっと追記)

2020年は「東京で1日の新規陽性者1300人以上」というニュースでしめくくら れる、コロナウイルスの拡大に政府・都が適切に対応できないことが明らか になった1年でした。

ここでは、原理的にどのような方法で感染を収束させることができるのか、 について、数理モデルから(というほどではないのですが)改めて検討します。 いくつかの論文等ですでに提案されていることでもありますが、現在の 日本・東京ではどうか、ということです。

SEIR 的なモデルがよいという気もしますが、とりあえず SIR で考えます。

規格化した方程式系

ここで、R は「現在の」実効再生産数、 は元々の方程式系

としたものです。 が、感染者が減る時間スケールを与えます。 これは5日と最近いわれていますが、和歌山県のデータをみるともうちょっと 長い、7日程度かもしれません。

この時、例えば東洋経済の 新型コロナウイルス国内感染の状況 にある推定再生産数は、としたもので、12月にはいってから最 大で1.2程度です。 が7日だと これを 7/5 乗する必要がありますが、それでも 1.3 程度 であることがわかります。そうすると、大雑把にいって、新規に陽性になった 人が、7日の間に、平均1.3人に感染させることによって感染が拡大しているわ けです。

(2021/1/3追記。上の2パラグラフ、 についての記述が混乱してい たのを修正しました)

では、再生産数を1より小さくすることで収束させるにはどういう方法があるか、が 問題です。

考えられる方法は以下のようなところでしょう。

  1. 新規に見つかった感染者の行動履歴から、その人に感染させた人、その人 が感染させた人の両方を徹底的に洗いだし、可能性がある人を広く検査す る
  2. 人々の接触機会を減らす。
  3. 感染させる可能性が高い行動について(だけ)積極的に抑制する
  4. マスク・手洗い・換気等の対策の推奨
  5. ワクチンでなんとか(これは再生産数を変えるのではなくてyを大きくするものですが)
  6. 幅広い(感染者かどうかを問わない)検査をする
  7. それ以外

1 の問題は、現在の感染者数では少なくとも東京都では実現不可能なことでしょ う。1日10人とかならできそうなものですが、1000人ができるとは思えないで す。原理的には、COCOA のような接触確認アプリでもうちょっと人手をかけず にできそうなものですが、ダウンロード数がまだ全国で2200万と圧倒的に不足 しています。陽性者、接触者とも 1/5 しか発見できないとすると、全体で は接触者の 4% しか発見できないことになります。人口の7割程度でやっと半 分で、この程度でないと効果は期待できません。

2 は、4月の緊急事態宣言でみるように極めて有効で、Rを大きく下げる効果が確実にあります。少なくとも2020年12月末の現在の東京都・首都圏ではこれ以外に有効な対策がみえていないのが現状でしょう。

3 はもちろん、現在行われている、飲食店の営業時間短縮で、これは実際に 大きな効果をあげていると考えられます。但し、Rを1以下にするには十分では ない、というのが現在示さされている、と考えられます。

4 も、実際かなりの効果がある、と考えるべきですが、3と同じで現状十分で はないし、強化にも限界がある、ということに見えます。

5 はもちろん抜本的ですが、まだ楽観的にみても1年ほどの時間がかかるので はないでしょうか。

ということで、6 の「幅広い検査」です。非常に極端な話、毎日日本国民全員 にPCR検査ができたとすれば、検査の精度がなんであれほとんどの感染者を 感染を広げる前に発見できるわけで、Rを 0 に近づけることができます。

では、毎日ではなくて、例えば1ヶ月で全員、ならどうでしょうか?これは、 SIRモデルの範囲で考えるなら、 を1/30だけ大きくすることに相 当します。今、 を7日としていたので、 が 23% 大きくなるわけです。言い換えると、R が 1.23 より小さいなら、 「1ヶ月で全員検査」を行なうだけで R を1以下にできることがわかります。 もうちょっとちゃんと数式を書くと、全員検査するのにかかる日数を と すると、それを考慮した

で与えられるので、R が

になるわけです。

東京都だと1日30万人の検査ですから、今もっとも安価な SmartAmp の 1980円 なら1日6億円、さらに半額になって4人分程度をプール式にすれば1日1億円を 切ることになります。そうすると、1年やっても400億で、東京都が今年度予算 で計上したコロナ対策費用1兆6000億円の3%にしかなりません。1ヶ月を7日に すれば、例えば1.2だった R が半分の 0.6 まで下がり、1ヶ月で新規感染者を 1/8 にできます。2ヶ月で 1/64 で、ここまで減らせれば行動履歴追跡も十分可能 でしょう。ここまでの総コストは、東京で9000万人分、上の、1980円が 1/8 になるなら200億です。

発見された陽性者の隔離のコストも見込む必要はありますが、1日100万人検査 して陽性者が1000人(より少ないと思いますが)見つかるのが2週間続く程度で、 のべ1万人程度を2週間隔離ですから、一人1日3万円としても50億円です。

仮に検査の感度が低く、陽性者の90%程度しか発見できなかったとしても上の 議論にはほとんど影響がないことに注意して下さい。30日で全員、を10%短く した27日で全員、にすれば同じ効果があるからです。従って、感度 90%とかの 抗原検査でも問題ありません。とにかく、安く、大人数を定期的に検査できれ ばいいのです。

日本全体でも、多くの地域はこの対応が必要なわけではなく、北海道の一部、 首都圏の東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪とその周辺程度で人口として は4000万程度とすれば、日本全体で上の4倍、1000億円程度で収束可能、と いうことです。

国内の会社の試薬や機械を使えば景気対策にもなり、また検査所の設置は失業 対策にもなるわけですから、、コロナ対策予算として計上されている金額の ほんの一部を幅広い検査に回すことで収束させられる、ということはちゃんと 理解される必要があるでしょう。

なお、同様な主張の論文は例えば Test sensitivity is secondary to frequency and turnaround time for COVID-19 screening (2021/9/6 リンク修正)で、 タイトルから感度はあんまり重要ではない、と主張しています。

単純にγに繰り込むのではなくて、ちゃんと感染力の時間変化モデルを使って検査のRへの影響を評価してます。3日間隔でRが 1/10-1/5、週毎で大体半分、2週間おきでは25%減る、という結果です。SIR方程式系ベースの単純な解析だと特に検査間隔が長い時に効果を若干過大評価していそうです。

この項についてコメントをいただいた杉本先生 @SciSugi に感謝します。
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