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21. Cray の方針転換 (2006/3/31)

まだ本当かどうかはわかりませんが、 ORNL が 24,000 プロセッサの Cray シ ステムを発注する模様です。 2008 年完成で 4 コア、(おそらく)4演算、 2.6 GHz のチップを使うことで 1 Pflops を実現しようというもののようです。調 達総額等は今のところ全く不明ですが、 Cray の場合1プロセッサ 100万円と 思っておけばそんなに間違いはなさそうなので、 300億円前後でしょうか。

我々も GRAPE-DR で 2008 年度完成、倍精度1Pflops を目指しているので直接 の競争相手が増えたことになってあまり嬉しい話ではありません。もう一つの 競争相手である IBM BlueGene/L の後継は、もっと早い時期を狙ってきている ものと思われますし。まあ、我々は総額15億円の予算でやりくりしているわけ で、競争というのもなんだかありえないような話ではあります。

そんなことはともかく、興味深いことは、この ORNL Petaflops system のよ うな、汎用のマイクロプロセッサを使ったシステムで Petaflops が現実の数 字になってきたことです。 もちろん、現在稼働している(はずである) Sandia RedStorm も、K8L ベースの2コアに換装できればピーク性能は 200Tflops 近 くまで到達できます。

このアナウンスと前後して、 Cray は製品系列を整理するというアナウンスを しています。リリースを読むと色々もっともらしいことが書いてはあるのです が、要するにベクトル並列の X1 系列とマルチスレッドの MTA/cascade(?) 系 列を止めて Opteron を使った XT3/XD1 系列だけにする、ということのように みえます。

まあ、若干怪しい話として、 AMD がいわゆる CC-HT (Cache-Coherent HyperTransport) の技術をライセンスして他の会社がコプロセッサ開発するこ とを可能にするらしいというようなこともあって、 Cray はそういうものを開 発するのではないかという話もあるようです。が、個人的には現状の Cray に そんなものを作ってる体力があるとは思えません。というのは、要するに、 Cray が製品系列を整理することの意味がおそらくそもそも開発コストの切り 詰めにあるからです。キャッシュコヒーレントな動作をするコプロセッサなん てものを開発していたら結局計算機の上から下まで開発しないといけないわけ で、それでは製品系列を整理した意味がありません。

つまり、 Cray が HPC ベンダとして生き残るためには、 Opteron ベースの XT3/XD1 系列以外を切り捨てることで、コストが高い上にほとんど成功する可 能性のないプロセッサ、OS、コンパイラといったものの開発を止める必要があ るであろう、と思います。

この方向はおそらく短期的には正しいのですが、長期的に成り立つ方針かどう かは難しい問題でしょう。もちろん、Intel の書いた絵を信じて(いたのかど うか知りませんが) Itanic に一点賭けをするというあまりにありえない選択 をした SGI に比べると、当面まともな価格性能比を提供しそうな AMD の x86 系列を選択するのがより正気であることはいうまでもありません。しかし、 x86 プロセッサメーカとしての AMD の過去の歴史は、一点賭けをするのはど んなものかと思わせるものです。まあ、どうせプロセッサチップの値段の 10 倍以上で1ノードを売るので、Itanic のように絶望的でさえなければプロセッ サチップの価格性能比はあまりクリティカルな問題ではない、という面もある ので一点賭けでいいのかもしれません。

問題はしかしそこではなくて、プロセッサチップを自前で作っていないスーパー コンピューターメーカーというのは本当に成り立つか?ということです。XT3 とただの PC クラスタとの違いはネットワークだけである、というのは既に何 度も述べた通りです。従って、問題はネットワークにプロセッサの 10 倍の値 段をつける商売は成り立つか?ということです。これはおそらく成り立たない、 というのが私の考えです。理由は簡単で、ネットワーク部分だけを作る専業メー カーに対抗できないからです。ネットワークのベンダは、 10GbE や IB のよ うな汎用のものを目指すならば Cray よりもはるかに大きなマーケットを相手 にするので、開発費の割合は相対的に小さくなります。元々は HPC 専業であっ た Quadrics は 10GbE に色気を出した時点で将来は厳しい気がしますが、こ れはまた別の話です。

現実問題として、 XD1 のネットワークと Pathscale の IB カードで組んだネッ トワークで少なくとも仕様上はレイテンシもバンド幅もほとんど違いがない、 という状況ではあえて XD1 を購入する意味がどこにあるのかはあまり明らか ではありません。 XT3 でも状況はあまり変わらないわけです。ネットワーク ハードウェアのベンダはカード、スイッチの価格を普通の PC の値段に比べて 極端に高くはしません。それで利益を出せるような方法を考えなければそもそ も商売がなりたたないからです。

つまり、 Cray がハードウェアメーカーとして生き残るためには、 Cray が作 るネットワークに Mellanox や Quadrics に比べた優位性がないといけないわ けですが、そんなものはどうやって可能なのか?ということです。
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