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43. 国家プロジェクト (2007/1/7)

1981年度からの 9 年間にわたって、通産省主導で「科学技術用高速システム」プロジェクトというものがあったようです。「ようです」というのは、 その成果がどんなものだったか私もほとんど知らなかったからです。2000 年にでたこのプロジェクトの 追跡評価報告書というものをみると、大体どんなものだったかわかりま す。この報告書の4ページをみると

 化合物デバイスを用いた汎用スーパーコンピューターの開発、という旗印は
 様々な事情の下で掲げられたものであったとはいえ、実現しておらず、目標
 設定の妥当性には問題が残る。
と書いてあって、まあ、その、要するに、そもそも目的設定が間違っていた。 これは結果論かもしれないので始めた時点でどうとは言えないかもしれないけ ど、というものです。

平木らの SIGMA-1 の開発もこのプロジェクトの中で行われたものであり、こ れはアーキテクチャの実験的なシステムとしては画期的な成果だったと個人的 には思いますが、そのあと続きがなかったのは確かです。但し、結局この時期 に日本の各メーカーはシリコンバイポーラ技術でのベクトルプロセッサを開発、 製品化していったわけで、この国家プロジェクトは直接の製品開発にはまった くつながらなかったことは間違いないところです。このプロジェクトの総予算 は 230億円とのことです。

さて、このプロジェクトが終わると、 1992 年に通産省は技術研究組合・新情 報処理開発機構(いわゆる RWCP)をスタートさせます。これは何が目的だった のかよくわからないプロジェクトなのですが、 10年間で 600億円が投入され ました。初期の計画では、計算機アーキテクチャについては以下のような目標 が掲げられています。

  1. モデル 複数のパラダイムをサポートする柔らかな実行モデルは、言語モデルとハードウェアの問題を埋める能力が必要である。また仮想的なコンピュータを実要素プロセッサにマッピングすることを許容するような柔らかさが必要である。

  2. アーキテクチャ アーキテクチャは様々なパラダイムを効率良くサポートする必要がある。したがって特定の応用を指向したものではなく、汎用のアーキテクチャでなければならない。超並列システムの効率的な実現のためには、将来のデバイス技術や実装技術を考慮したハードウェアアーキテクチャを研究することも重要である。

  3. 相互結合網 相互結合網は計算速度と同等の高速な通信を提供しなければならない。また、動的な負荷分散、全体的な同期、全体的な優先度制御もサポートする必要がある。高速な相互結合網はシリコン技術による実現だけでなく光技術についても研究されるべきである。

  4. 頑健性・信頼性 超並列システムで予想される部分的な故障に耐えるようなハードウェア指向の頑健性が研究されなければならない。システムを構成する要素は、自己診断、自己修復機能を持つ必要がある。システム全体はメンテナンスのためのアーキテクチャや機能を持ち、システムの信頼性を維持しなければならない。

とあります。このために、電総研で RWC-1 というシステムが開発されていま した。どのようなものかは例えば RWC-1 の実装と評価という論文が参考になりますが、 ルー ルで 20万ゲート、 20mm角の巨大なチップで 50MHz、100Mflops というものだっ たようです。 20 mm 角にしてはゲート数が少なすぎる気がしますが、それは ともかくこのチップで作ったシステムが 1998年時点でまだ評価中では、実用 的な意味がすでにないのは明らかです。 Alpha なら既に 1Gflops を超える性能を 実現した時期だからです。

そういうこともあって、このプロジェクトは5年目で方針転換をします。研究目的が

  マルチプロセッサシステムのハードウェア性能を効果的に利用するための並列
  化ソフトウェア技術を確立するとともに、様々なアーキテクチャの計算資源を、
  それらのアーキテクチャの相違を意識することなく利用することができる並列
  計算環境に必要な基盤技術等を確立する。また、先端的な並列アプリケーショ
  ンの実証的な開発を行う。 
となっていて、新しいアーキテクチャを開発する、という目的自体がなかった ことにされたわけです。この後期のプロジェクトからは、SCore、PM、SCASH といった興味深い成果がでています。この辺は、要するに Linux ベースの PC クラスタのためのソフトウェアです。まあ、その、 600億円の成果としてはど んなものかなあ、、、という気もしなくもありません。

さて、では、国家予算が日本のスーパーコンピューター開発に役に立っていな かったのか?というと、決してそんなことはありません。富士通で初期から計 算開発に関わった三輪の FACOM 230-75 をみれば、富士通最初のベクトルプロセッサである 230-75APU の開発には初めから航技研の三好が関わっていたことがわかります。三好はそ の後の VP-200、 数値風洞 (VPP500)、さらには NEC による地球シミュレー タ(SX-6)と、商品に直結するスーパーコンピューターの開発につながる 計画に関わりました。

また、筑波大学で上の RWCP と同時期に始まった CP-PACS 計画も、 1996年に は 600Gflops のマシンを完成させ、 SR-2201 として開発を担当した日立が商 品化することになります。

地球シミュレータにせよ、 CP-PACS にせよ、後知恵で評価すればこんなこと はしないほうが良かったのに、という点は色々あるわけですが、 それでも完 成時に汎用でプログラム可能な計算機として世界最高速を達成し、ちゃんと商 品になるものを開発できたのですから、そのような成果があったわけではない RWCP や科学技術用高速システムプロジェクトとは比較になりません。

これらのプロジェクトを比べると、成功したものはアプリケーションを絞って 開発目標をはっきりさせたもの、あまり成果がでなかったものは良くわからな い目標を掲げたもの、となっています。ここで重要なことは、アプリケーショ ンを絞ったからといってそれにしか使えない計算機ができたわけではないとい うことです。この辺はまあ GRAPE とは違うところで、我々はアプリケーショ ンを絞って本当にそれしかできない計算機をつくってきたわけです。GRAPE は 通産省のプロジェクトとは1-2桁予算が違うささやかなものなので、同じ基準 で比べることに意味があるとも思わないですが、まあ、その、商業的に大きな 成功を収めた、というわけではありません。 GRAPE-6 は商品化もされて、今 までに 60Tflops 分くらい出荷されたようなので演算能力では例えば地球シミュ レータの製品版の SX-6/7 より大きいかもしれませんが、演算能力あたりの価 格が 1/100 なので市場規模としてはそんな程度です。

もちろん、科学技術用高速システムプロジェクトの場合は、そもそも要素技術 の開発が目的であったわけで実際の計算機を作ることが主目的ではなかったか ら、直接商品になるような計算機ができなかったからといって批判されるいわ れはない、という主張もありえます。しかし、まあ、そういわれるとじゃあ要 素技術はなんかできたの?ということになって、事後評価で「実現しておらず」 といわれてしまってるわけです。

そういえば、現在も 将来のスーパーコンピューティングのための要素技術の研究開発プロジェクト というものが進んでいることになっていました。これは年間予算が20億 くらいだったと思います。これの成果は次世代スーパーコンピューターに使わ れる、ということが期待されているそうですが、2005年度から 2007 年度まで で開発する要素技術をどうやって 2006年度に概念設計が終わる機械に使うの かよくわからない、という問題はあります。もちろん、 2005年の時点ででき るとわかっていることにお金を出したのならそれはそれで良いのですが、 次世代スーパーコンピューターのアーキテクチャ自体がろくに決まっていない 現状ではその前に要素技術といってもあまり意味があるとはいいがたいでしょ う。

スーパーコンピューターに関する限り、そういうわけで日本の大規模な国家プ ロジェクトが有効であったかどうかは怪しいわけですが、まあ、だからといっ て、国家プロジェクトにはあんまり意味がないというような結論にいくべきか どうかは難しいのかもしれません。というのは、基本的にほとんどの計算機開 発のプロジェクトは失敗しているからです。最近のアメリカの例を上げるなら、 ASCI Blue, White, Q にいたる一連のマシン、BG/L が表にでてくる前のオリ ジナルの BlueGene や BlueGene/C、Tera MTA 等枚挙に暇がありません。 Intel にしたところで、 iAPX432, i860, Itanium と x86 以外の開発計画は 全て商業ベースでは成功したとはいいがたいわけです。だからといって Intel にとってこれらの開発が全て無駄であったかといえばそんなことは多分ないわ けです。

しかし、そうすると、そもそも計算機の開発プロジェクトというのは失敗する ものなのか?という辺りを考えておくべきかもしれません。
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