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103. 福島原発の事故その7 (2011/7/18 書きかけ)

相変わらず原発の話です。

とはいえ、元々スパコン話を書くとこだったのでちょっとだけ。ステルスモー ドで構築中だった「京」が Top500 で一位を奪取しました。これは 大変めでたいことと思います。実行効率が 93% と大変高いのが特色ですが、 これは、演算速度に対するメモリバンド幅、メモリサイズ、ネットワークバン ド幅から見るとそれほど驚くような値というわけではありません。メモリバン ド幅に大変問題があった FX でも91% 程度はでていたので。

で、例によって Little Green 500 がまだでない Green 500 ですが、長崎大学 の濱田君のグループが 1.3Gflops/W を超える値を叩きだして3位になりました。 Sandy Bridge + AMD Cypress の構成で、 Intel+Fermi では不可能であった 1Gflops/W を大きく超える値を実現しています。1位はメモリを増強して効率を あげた BG/Qプロトタイプ、2位は増強前のBG/Q です。BG/Q は結局 2.1Gflops/W と、当初の目標よりだいぶさがっているように見えます。

GRAPE-DR は前回の 1.4Gflops から上がってない上にGreen 500 から落ちてる ので特に見るべきものはありません。私が東工大に移動してまだ新マシンルー ムができてない上に地震+原発事故で電力問題が発生していてなかなか大変で す。関東のスパコンへの地震+原発事故の影響は大きく、大学や国研の計算機 は 25% 程度縮小した構成での運用になっているところが多いです。

というわけでここまでが本題でここからは余談のような。

103.1. 原発はどうなっているの?

その6 102 から1ヶ月、事故から4ヶ 月たって、事態の収束にむけて何か進展があって欲しいところです。進展は なかったわけではなく、循環冷却システムが一応動くようになったようです。 循環、といっても、建屋の中にたまっている水を吸いだして、放射性物質、 その他不純物、塩分を取り除くシステム、ということだそうです。

セシウムについては吸着させる、ということなので、吸着したものは高レベル 汚染物質となるようです。新聞報道ではこれは半年で 2000立方メートル発生 するとのことで、1日 10-20立方メートル発生している計算です。1日に処理す る水が1000トン程度なので、 1-2% 程度の何かが発生するわけです。

まあ、少なくとも注入した水が溢れて高濃度の汚染水がどんどん海にでていく、 という状態ではないので、水の注入量を少し増やして蒸発量を減らすことは できていると期待されます。とはいえ、 1, 2 号機の注水量は 4立方メートル /時程度で、蒸発を止めるにはまだかなり不足に見えます。 循環冷却システムがまだヨーヨーモードなうえ、そもそも能力不足 なのでこれはまあやむをえないところです。

103.2. 放射性物質は?

上で見たようにまだ注入した水の結構な部分が蒸発していると思われるので、 放射性物質もでているか、と思うわけですが正直なところ良くわかりません。

高崎のCTBT のデータでは大気中のセシウム定常的に Cs-137, 134 とも500μ Bq/立方メートル で、この2ヶ 月で半分か 1/4 程度にしかなっていません。 これの起源は何か、というのがわからないのが問題です。ありそうな解釈は

  1. 成層圏に上がったものが段々落ちてきている
  2. 地上にあるものの再飛散
  3. 福島からきている

というところでしょう。順番に検討してみます。

まず、環境放射線データベースだと 1986年7月の日本での大気中のセシウムの量は5μBq/m^3 程度であったようで す。これはチェルノブイリの事故の2ヶ月ちょっとあとです。チェルノブイリ のほうが今回よりも成層圏まで上がった量ははるかに多いというのが 通常信じられていることですから、成層圏から落ちてきているものだとすれば 1986年7月より現在のほうが100倍多い、ということはありません。なので、 現在関東で大気中にあるものは成層圏由来ではありません。

地上にあるものの再飛散ですが、高崎での地上の汚染度が大雑把に1万ベクレ ル/平方メートルとすると、高さ1メートルとすれば大気にある量はその1千万 分の1、10メートルとしても 100万分の1と非常にわずかな量です。なので、 再飛散ではない、と断定するのは困難です。

以下に世田谷と高崎での測定を並べてみます。

       東京都産業労働局  高崎
       CS134  Bq/m^3     CS134 μBq/m^3
  5/2  0.0003            3046
  5/3  0.0021            2029
  5/4  0.0067            15994
  5/5  0.0026            14226
  5/6  ND                3892
  5/7  0.0013            8497
  (途中省略)
  6/6  0.0002            792
  6/7  0.0001            875
  6/8  ND                581
  6/9  ND                630
  6/10 ND                576
  6/11 ND                830
  6/12 0.0005            7179
  6/13 0.0003            1604
  6/14 0.0002            1589
  6/15 0.0002            1105
  6/16 ND                688
  6/17 ND                457
  6/18 ND                520
  6/19 ND                471
  6/20 ND                564
  6/21 ND                553
  6/22 0.0002            604
  6/23 ND                642
  6/24 0.0002            834
  6/25 0.0012            674
  6/26 0.0010            1199
  6/27 0.0002            589
  6/28 0.0005            580
  6/29 0.0011            691
  6/30 0.0007            1132
  7/1  0.0002            591
  7/2  0.0002            474

どちらも、サンプル終了日で並べています。世田谷は15時まで、高崎は7時 までなのでずれはあります。ただ、並べると、明らかに一方で高い日には他方 でも高い傾向があることがわかります。また、5月から7月までで若干下がって きている傾向もあるように見えます。

再飛散とすると、高崎と世田谷で同じように変化する理由もあまりないでしょう。もち ろん、風の強い日だと多い、といったこともありえるのですが、気象庁 データだと特に風と関係があるようにも見えません。また、 地面にある量はさして変わっていないのに次第に大気中の量が減る、というの も少し理解が難しいです。といったことから、自然な解釈は、少なくとも多く なっている日については福島からきている、ということではないかと思います。

普段ある分については再飛散という可能性もあります。この場合、問題になる のは測定している場所の高さです。これらのサンプラは通常建物の屋上にに設 置してあると思われますが、そうすると地上1mくらいでの再飛散の影響はこれ よりずっと大きい可能性があります。

大気中にあれば落ちてくるものもあるはずですが、これについては精度が高い データはないのでどうなってるかは不明です。

とはいえ、では外出するのにマスクをするとか換気を控えるとかが必要か、 ということが一つの問題です。人間の呼吸量は大雑把に1立方体メートル/時 程度なので、現在の高崎・世田谷の数字は1年間に10ベクレル程度、 仮に地上近くでは 100倍あったとしても 1000ベクレル程度です。 食物からの摂取量はこれよりはるかに多くなってしまいそうであり、 関東では大気中のダスト等の吸引についてはそれほど神経質に なる必要はないと思います。もちろん、地面には相変わらず 1-10万ベクレル/ 平方メートルといった程度の放射性物質があるわけで、これには注意が 必要です。

103.3. 食べ物は?

103.3.1. 牛肉とワラ

先週くらいから牛肉で 2000Bq/kg を超えるものがでた、というのが報道され ており、これは福島県中通り(報道では白河市)で3/11 の時点では野ざらし であったワラを飼料にしたことによるようです。ワラは1平方メートルあたり 0.6kg 程度できるので、もしもこれが地面を覆っていたところに 0.5μSv/h にあたる25万ベクレル/平方メートルが降って、それが全部ワラについたら40 万Bq/kg になるわけですから、恐ろしく高濃度の汚染飼料ができて不思議は ないわけです。

何故そんなものが飼料になってしまったかが問題ですが、出荷は3月中に 行われていたようですから、汚染が 10万ベクレル/平方メートルを超えるよう な深刻なものであると国や県が認める前の話ではあります。この時点では まだレベル5であるとか寝言をいっていたわけですから、 白河市が汚染されてるはずはなかったわけですね。

これは、東京電力・国の対応、というより単に発表の遅れが、 汚染を大きく広げてしまった、ということだと思います。空間線量率自体は 3/15 から福島県の測定があり、白河市では 4uSv/h といった値です。これは I-131 等によるものでセシウムではありませんが、300万ベクレル/平方メート ル程度に相当するものであってワラでは500万ベクレル/kgにおよんでいた可能性があり、飼料にしていいのはこの 1/1000 程度の汚染 レベルのものです。

103.3.2. 麦と米

地面に広げてあったワラが悲惨なことになるのはまあそういうものとして、 麦や米はどうでしょうか?米については、「計画的避難区域及び緊急時避難準 備区域」では作付けするな、という指示が農水省からでています。それで十分 かどうか、というのがここで検討してみたいことです。

福島県発表では、福島県郡山市での六条大麦のセシウムは 10Bq/kg となって いて、かなり低いものです(伊達市では小麦で 40程度ですが)。 一方、ひたちなか市では 400Bq/kg といった値がでており、土壌の汚染度に単純 は比例していないようにみえます。

わが国の米、小麦および土壌における90Srと137Cs濃度の長期モニタリングと 変動解析という論文では、核実験やチェルノブイリからの降下物の米、 麦への影響を みています。この図9を見ると、麦については出穂日と降下日が近いとセシウ ム濃度が増える、という関係があることがわかります。但し、出穂日が2ヶ月 違う札幌とつくばで3倍程度の違いです。

郡山市、伊達市とも、典型的な空間線量値は 1uSv/h 程度であり、Cs-137 の 量としては 15万ベクレル/平方メートル(空間線量への 137 の寄与が 1/3 と して) 程度です。これで麦で10-40Bq/kg 程度しかでない、というのが本当なら 素晴らしく結構なことです。

一方、ひたちなか市の現在の空間線量は 0.1-0.2uSv/h 程度であり、汚染レベ ルは2万ベクレル/平方メートル程度です。チェルノブイリでの降下物は200ベク レル/平方メートル程度だったので、100倍多く、ここで 400Bq/kg はチェルノ ブイリの影響は出穂が遅い東北では 2-4Bq/kg であったこととほぼ対応してい ます。

そうすると、関東で平均的に 100Bq/kgくらいはでていて不思議はなく、これ はまあ暫定規制値より低いので普通に出荷されてなんにでも使われる、と いうことになります。

米についてはまだ数字がでてないのでなんとも言えないわけですが、 KEK にあった資料環境放射線データベース を並べてみると、

  東京都中野区    白米中セシウム  9月までの年間降下物
  8月の降下物     Bq/kg
  Bq/m^2
  
  1957   19          
  1958   31        -                 355
  1959   24        2.8               894
  1960   8         1.2               296
  1961   3         1.3               90
  1962   8         2.0               842
  1963   262       4.0               1905
  1964   19        2.4               742
  1965   35        0.9               415
  1966   7         0.8               212
出穂時期である8月に沢山降ると多く出る、といった単純な関係ではなく、 また過去1年分だけでも説明がつかない、という代物です。このため、 チェルノブイリの影響は麦と違ってはっきり見えなくなっています(0.1Bq/kg 以下で、ランダムな変動に隠れている)。

50-60年代のデータからは、過去2-3年の合計との関係はそんなに悪くなくて、 その時には比例係数が 1000Bq/m^2 で 1Bq/kg といったところではないかと思 います。そうすると、15万ベクレル/平方メートルのところでは 150Bq/kg く らいかも、となります。暫定規制値の500Bq/kg には 3uSv/h 程度必要、と なって、暫定規制にひっかかるところは(中通りでもあちこち発生するとはい え)それほど多くないのですが、例えば50Bq/kg 以下じゃないと嫌、と 思うと関東でも産地によっては、ということになります。 これは自分で測定するとか産地で選ぶとかしか方法はないですね。

100Bq/kg はサーベイメーターでも原理的には測定が不可能なレベルではない ので、食品については今後は自力でなんとか、ということを考えることも必要 かもしれません。

103.4. 電力消費量について

電事連のページ を見ながら、思い付くままに。 http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2010energyhtml/2-1-2.html

103.5. 参考になるサイト(再々々々々掲)

103.5.1. リアルタイムモニタデータ

単位、表示方法がバラバラですが、例えば茨城県で急に数字があがると、風が 千葉とか東京にまでくる可能性が高いので、注意したいところです。 Gy(グレ イ)はγ線、β線に関する限り Svと同じ単位です。

103.5.2. もうちょっと遅いデータ

同じ時刻でも新宿と東大駒場では振る舞いが違ったりしていて、原発から200 キロ離れていてもほんの数キロの距離でだいぶ違うことがわかります。

103.5.3. その他

33時間風予報は、33時間後(1日4回更新のようなで26時間後くらいまでしかな い時もありますがう)までの風向き、風速の予報データが見られます。放射性 物質がこの通りにくる、というわけでは決してありませんが、原発の上を強い 西風がふいていればしばらくは大丈夫だし、自分のいるほうにふいていれば要 注意です。

また、雨の予報もあります。こっちも細かいところはあまり信用できない気が しますが、大体の目安になります。原発から風がふいている時の雨のふりはじ めには気をつけたいものです。

この辺は、ちゃんと国が予報とか出すべきと思いますが、、、 「ただちに健康に危険があるレベルではない」って、それ、ただちではないけ ど危険があるかもしれないの?というような疑問もでてくるわけですから。
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