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第9章 熱力学的進化

この講義もいつのまにか終りに近付いていて、理論上は 2/4 まで出来るのか もしれないけどちょっとつごうもあるので1/28 でおしまいにする。で、さら に休講が入ってもうしわけないが、 1/21 は出張のため休講にする。というわ けで、今週と次回でおしまいということになる。

今日は、熱力学的な進化ということで、いくつかの理想化された場合を考えて おく。なお、今日はまた流体近似で話をする。自己重力質点系の熱力学的な進 化をそのまま考えるのはほとんど不可能だからである。原理的には、前回やっ たような Fokker-Planck 方程式の平衡解をつくって、その安定性を調べれば できるわけだが、これまでそのような研究はあまり行なわれていない。また、 熱平衡状態とその安定性に関するかぎり、ガスか質点系かという違いには意味 がない。まあ、そういうわけで、ガスで考えるということにもそれなりの意味 はある。

もちろん、平衡状態からのずれの時間発展はガスか質点系かで大きく違うわけ だが、おもな違いは熱伝導の係数の密度、温度への依存の違いとして理解でき る。

9.1 等温状態の安定性

まず、もっとも単純な場合ということで、等温の平衡状態を考える。話を簡単 にするために、球対称の 断熱壁の中のガスということにする。平衡状態は、静水圧平衡の式

を考えればいい。例によって球対称で、は半径rの中の質量、pは圧力と密度である。面倒なので、単位系として G=M=R=1となるよう にとる。Gは重力定数、Mは壁(断熱壁)のなかの全質量、Rは断熱壁の 半径である。

温度は、状態方程式

で決まる。単位質量当たりのエントロピーは

であり、境界条件は

である。この解自体は、すでに何度か扱ったように数値的に求めることが出来 る。

以下、熱力学的安定性について議論するわけだが、これにはいろんな流儀があっ て、なんだかよく理屈がわからないものもある。等温の自己重力ガスの安定性 について初めて議論したのは Antonov (1961) であり、もうちょっと詳しい議 論が Lynden-Bell & Wood (1968) によってなされた。しかし、これらはいず れも真の意味での安定性解析、すなわち、平衡解に対する摂動を考え、それが 成長するかどうかをしらべたというものではない。

そのような意味での安定性解析を初めて適用したのは、 Hachisu & Sugimoto (1978) である。彼らの方法は、大雑把にいうと以下のようなものである。

等温状態なのでエントロピーは通常ならば極大値である。これは、任意のエン トロピーの再分配に対して、となっているとい うことを意味する。

これは、熱をちょっとどこかからとって別のところに与えると、それによる温 度変化を考えなければ(一次の変分)エントロピーは変わらない。また、温度 変化を考えると(二次の変分)、熱をもらった方は温度が上がっているのでも らうエントロピーは少なく、出したほうは逆に温度が下がるので出ていくエン トロピーが多い、従って、系全体としては普通は摂動を与えるとエントロピー が減る、すなわち、平衡状態はエントロピー極大に相当している。

以上から、もし、熱を取り去った時に温度が上がるようなことがあればエント ロピー極大ではないかもしれないということが想像できよう。もちろん、常識 的な熱力学の対象ではそんなことはあり得ないわけだが、自己重力系ではそう ではないというのはすでにビリアル定理のところでやった通りである。

つまり、自己重力系を全体として考えると、熱を奪うと系が小さくなり、単位 質量あたりの運動エネルギー、すなわち温度が大きくなるわけである。

断熱壁で囲んだ系では話はもう少しややこしいが、実際に、十分温度が低い、 重力の影響が大きいような系ではが正になるということを示した のが Hachisu & Sugimoto である。

この解析は非常に見事なものなので、是非元論文 (PTP 60, 13) を読んで見て 欲しい。まあ、それはそれとして、ここではもう少し違った解析方法をとって みよう。

9.1.1 等温状態からの時間発展

Hachisu & Sugimoto の方法では、摂動に対してを求め、その符 号から安定か不安定かを決めている。この方法では、もちろん、熱力学的に安 定かどうかをきめることは出来るが、不安定性がどのように発展するかを調べ ることはできない。というのは、そのためには熱伝導の式もカップルさせて線 形応答を求めないといけないのに、そのような解析は行なっていないからであ る。というわけで、しばらく前にそういう解析をやってみた (Makino and Hut 1991、APJ 383, 181) ので、今日はその結果に基づいて話す。

熱伝導の式は

と書ける。ここで、 は半径 rのところでの熱流束であり、 K は熱 伝導の係数である。Kは温度、密度の関数だが、ここでは等温に近いので密 度だけの関数として

という形を仮定する。放射伝達であれば である。

ここで細かい話は省くが、自己重力質点系の場合は、密度が高いほうが緩和が 速かった。このことを熱伝導係数でむりやりに表現すると、となる。

エントロピーについての式は

で与えられ、境界条件は The boundary conditions are

ということになる。

9.1.2 線形化した方程式

微小な摂動に をつけることにして、線形化した方程式は

境界条件は

ということになる。

熱流束とエントロピーの変化については、もとの式が線形なのでそのまま使え る。つまり、 なので、 であり、また となる。これらは始 めから一次の微小量しか含んでいない。

この方程式系に対して、

という形をした解を捜すわけである。ここで、添字 0がついたものは時間発 展解の空間依存性を表す。線形化したので固有モードが出てきて欲しいなとい う解析をしているわけである。これらを線形化した方程式に入れると、固有値 問題

が出てくる。 ただし、境界条件は

ということになる。

さて、これを解かないといけないわけだが、数値解法まで触れている余裕がな いので詳細は省く。我々はいわゆる shooting method を使ったが、本当は緩 和法のほうが安全であったかもしれない。

以下、どういう答が求まり、それはどういうものかということを簡単にまとめ よう。

9.1.3 安定領域

面倒なので以下 の場合だけを考える。以下に示すのは第一固有値 (ここではすべての固有値が負なので、最も0に近いもの)に対応する固有関 数である。

ここで、 Dは中心の密度と壁のすぐ内側での密度の比である。D=1という のは、温度が無限に高くて重力エネルギーが相対的に小さい極限である。これ に対し、 は singular isothermal に対応する。

は、要するに重力が無視できる場合である。この時はもちろん応答 はベッセル関数かなにかで書ける。注意して欲しいことは、圧力の変化がない こと、エントロピーと温度がちゃんと比例関係にあることである。これは、重 力が無視できるので普通の振舞いをしているわけである。つまり、密度、温度 の変化が圧力変化がなくなるように働く。これは、静水圧平衡を保つためであ る。

なお、ここでは、中心から熱を奪って外に与えるようなものを考えているが、 その逆も固有関数であることに注意してほしい。これは、線形化した方程式の 解だからである。

さて、少し中心密度を上げると、摂動に対する圧力の応答が変わって、中心で 圧力が上がるようになる。これは、熱を奪われることに応答して縮むと、重力 も強くなるので、つじつまをあわせるにはもうすこし縮んで圧力を上げる必要 が起きるからである。このために、温度の応答は与えたエントロピーからはず れてくる。もっとどんどん温度をさげて、Dを大きくすると、ついには、熱 を奪ったにもかかわらず、温度が中心でも上昇するようになる。

もちろん、この解は負の固有値に対応するものであり、いぜんとして安定であ る。それは、温度勾配としては依然として中心に向かって下がっていて、ちゃ んとエントロピー変化を打ち消す向きに熱がながれるからである。

9.1.4 中立安定

さて、もっと Dを大きくすると、ついには固有値が 0、すなわち与えられ た摂動が減衰しなくなる。この状況を以下に示す。

与えられた摂動が減衰しないということは、温度勾配ができないということで ある。実際、応答は が定数になっている。

9.1.5 重力熱力学的安定

さらにもっと温度を下げ、 Dを大きくすると、ついには固有値が正になる。 以下にいくつかの例を示す

たくさん例を出したが、どの場合でも中心でエントロピーが減っているのに温 度が大きく上がり、それが外側の温度上昇を追い越している。その結果中心か ら外に向かう熱流ができるのである。

なお、ちょっと注意して欲しいのは、 の値によって応答が大きく違 うことである。Dが同じ時、の方がに比べて中心に集 まったような応答になっている。これは、熱伝導が密度の高いところで速いた めと考えて良い。

なお、以下で関係するのでここで述べておくが、Dの値と系の全エネルギー の間の関係は単純ではない。安定領域ではDを大きくするためには系を冷や せばよく、したがってエネルギーとDは一対一に対応する。しかし、D=709 の中立安定点はエネルギーの極小値になっていて、これよりエネルギーの低い 熱平衡解は存在しない。言い換えれば、D>709 の解には、それと同じエネル ギーをもった安定解が常に存在する。

9.2 有限振幅での進化

さて、このあとどうなるかということを調べるためには、数値計算をする必要 がある。 Hachisu et al. (1978) は、自己重力流体についてそのよう な数値計算を行なった。

結果の詳細は省くが、重要なことは、中心から熱をとったときに「自己相似解」 が現れる場合があるということである。

中心に熱を与えると、中心は温度を下げつつ膨張する。このときは、結局最終 的には安定平衡にいってしまうことになる。しかし、中心から熱をとったとき にはどこかいき先があるわけではない。

この後の進化は、熱伝導のタイムスケールによる。密度が上がるとタイムスケー ルが長くなるような場合には、大雑把にいってかなり大きなものが全体として 収縮していく。

これに対し、恒星系に対応する場合では、密度が上がるとタイムスケー ルが短くなる。この時は、密度の高い「コア」が出来、それがどんどん収縮を 続けるということになる。これに関する詳細な解析は Lynden-Bell & Eggleton (1980, MNRAS 191, 483) に与えられているので以下考え方だけを示 す。

自己相似解というのは、ある物理量 y

と書けるようなものである。さらに、 が時間のベキで書ける (これは数値計算の結果がそうなっている)とすれば、

とか

と書け、結局

という関係が出てくる。

自己相似解ということで、いろんな無次元量は一定と考えられる。特に、今コ アというものを考えて、その半径を とすれば

ここで

と書けば

となる。

実際に とかを求めるには、やはり固有値問題をとくことになる。 Lynden-Bell & Eggleton は実際にといて、

という答を得た。以下に、彼らの求めた固有関数を示す。

9.2.1 ガスとN体の違い

実は、このあたりの進化、すなわち重力熱力学的不安定や自己相似解について は、ガス近似、FP計算、N体の間の一致は素晴らしくよい。ガスではうまく 表現出来なくなるのは、質量分布がある場合、非等方性が発達する場合等であ る。

9.3 自己相似解の後の進化

さて、自己相似解は、ある時刻 で密度が無限大になる。これを collapse と呼んでいる。実際にそんなことが起きるのか、また、そのあとは どうなるのかというのは現実的には重要な問題である。というのは、多くの球 状星団、あるいは dwarf E では、タイムスケールを見積もるとすでに collapse しているはずだからである。

その後どうなるかについては、いろんな可能性が考えられた。特に、これによっ てブラックホールを作るというアイディアはそれなりに真剣に検討された。

現在のところ、典型的な球状星団とか dwarf E では、ブラックホールが出来 るというのはありそうにない。コアが十分に小さくなると、エネルギー供給源 が出来るからである。

ここでのエネルギー供給の元は連星である。仮に星団があらかじめ連星をもっ ていなかったとしても、コアが十分に小さくなると、そのなかで3体相互作用 で連星ができるようになる。これは基本的には星のなかで温度、密度が上がる と核融合が始まるというのと変わるところはない。ただし、量子力学的な効果 はないので、連星の出来やすさは密度と温度(平均速度)の関係だけで決まる。

連星によるエネルギー供給が入ると、コアの収縮は止まる。熱源として連星を 考えた計算を始めて行なったのは Henon (1975) であり、1982年ころまでにい くつかそのような計算が行なわれた。それらでは、コアからの熱伝導による熱 の流出と連星からのエネルギー入力がバランスし、系全体がホモロガスな膨張 をするという結果が得られていた。特に、 Goodman (1984) は実際にそのよう なホモロガスな解を求めた。

しかし、 1983 年になって、 Sugimoto & Bettwieser は、実はこのホモロガスな膨張 解も熱力学的に不安定であるという発見をした。そのあと数年に渡る論争があっ たが、1985 年には他のグループによるガスモデル計算、1986年には FP計算で も振動が確認された。実際に粒子系でそんなものが起きるかどうかにはさらに 議論があったが、1995年になってN体数値計算でも確かに振動が起きるとい うことが見い出された。



Jun Makino
Mon Jun 1 23:17:40 JST 1998