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第1章 力学平衡

1.1 力学平衡とジーンズの定理

前回は、とりあえず無衝突ボルツマン方程式を導いて、それがどういうものか を少し考えるということをした。もう一回式を書いておく。

 

ここで fは6次元位相空間での分布関数であり、 は重力ポテンシャ ルであり以下のポアソン方程式の解として与えられる。

 

ここで、 G は重力定数であり、 は空間での質量密度

である。

なお、以下の議論では(当分) m のことは忘れて、その代わり f が個数 密度ではなくて質量分布であるということにしておく。

今日は、これらから、まず、「力学平衡状態」とはどう定義され、どういう性 質があるかということを考え、それから具体的な平衡状態の例を見ていくこと にする。

まず、「力学平衡」とは何かということだが、これは、上の無衝突ボルツマン 方程式とポアソン方程式を連立させたものの定常解、すなわち、時間的に変化 しない解ということになる。従って、ある分布関数 f が力学平衡にあると いうことは、それによって決まるポテンシャル を固定して考えた時に、 f の時間微分が 0 になるということである。

ここで、わざわざ「力学」とつけるのは、もちろん平衡状態にはほかにもいろ いろあるからである。もっとも重要なのは熱平衡の概念であるが、これはまた 後で。

1.2 運動の積分

平衡状態というものを考える上で基本になるのは、「運動の積分」という概念 である。ポテンシャル のもとで、ある の関数 I が運動 の積分であるとは、その上で

がなり立つことである。つまり、実際にすべての粒子の軌道について、その上 でその量が変化しないということである。ちょっと変形すれば

これと、上の無衝突ボルツマン方程式を比べてみると、すぐわかるように時間 微分が落ちているだけである。

なお、「運動の積分」というときの流儀は2通りあって、一般に運動の保存量 のことを「運動の積分」という流儀もあるが、ここでは位相空間の座標だけの関数 であって同時に保存量であるものをさす。具体的には、たとえば1次元調和振 動子で「初期の位相」というのは保存量だが運動の積分ではない。これは、時 間が入ってくるからである。

1.2.1 例

エネルギー や、ポテンシャルが球対称(rだけの関数)の 場合の角運動量ベクトル は運動の積分である。

1.3 ジーンズの定理

さて、上のように I を定義すると、以下の「ジーンズの定理」がなり立つ ことがわかる。

ジーンズの定理 任意の無衝突ボルツマン方程式の定常解は、運動の積 分を通してのみ位相空間座標に依存する。逆に、任意の運動の積分の関数は定 常解を与える。

いいかえると、分布関数 f が定常であるためには、運動の積分 があって の形で書けることが必 要十分ということ。

証明だが、まず「定常ならば運動の積で書ける」というほうを考えてみる。こ れは、f 自体が運動の積分の定義を満たしているので、 OK。

逆のほうは、実際に f の全微分をで書き下せば、それぞれが 0 にな るということからいえる。

というわけで、これはなかなか強力な定理だが、一般の場合にはそれほど役に 立つわけではない。というのは、ポテンシャルを与えた時に一般に運動の積分 というのは 5 個あるはずだが、それらをすべて知っているということはない からである。

ただし、球対称とか軸対称とか条件をつけると、いろいろちゃんと決まるよう になる。以下、まず球対称の場合を考える。

1.4 球対称の場合

球対称の場合、運動の積分はエネルギーと角運動量の3成分で4つある。一般に はもう一つあるが、これは特別な場合を除いてあまり意味がないので、定常な 分布関数はエネルギーと角運動量だけで書けると思っていい。

いちおう、ここで、意味がないというのはどういうことかということを説明し ておく。そのためには、意味がある特別な場合というのを考えるのがよい。こ れは、ケプラー軌道のような、軌道が閉じる場合である。この時には、エネル ギーと角運動量の他に、軌道全体の向きを表す量(近点経度)が保存する。こ れはちゃんと保存量になっている。

しかし、一般には軌道が閉じない。このときでも、近点経度に対応するような 保存量が実は存在しているが、それにも関わらず、ある軌道がエネルギーと角 運動量で決まる部分空間を覆ってしまう(数学的には、もちろんすべての点を 覆えるのではなく、任意の点について、いくらでも近くにいけるというだけだ が)。こうなっていると、その積分に分布関数が依存すると、連続性とか微分 可能性とかに困難を生じることになる。

さて、 fE によるということにしたわけだが、いま球 対称な場合ということなので の方向にではなく、絶対値だけに依 存するのでないといけない。したがって、実は球対称の分布関数は一般に と書けるということになる。

我々が扱いたいのは自己重力系なので、実際にこれを球対称の場合に書き下し てみると

てな感じになる。

1.5 の場合

上の場合でもまだちょっと大変なので、さらに単純化してとりあえず J に もよらない場合というのを考えてみる。これには、なかなか特別な、 空間上の各点で速度分散が等方的であるという性質がある。これはどういうこ とかというと、一般にある方向の速度分散というのは

となるが、 fv の絶対値にしかよらないので、 の方向にこの 積分はよらない。まあ、速度分散がとかいうより、速度分布自体が等方的なの だから当然ではある。

以下、扱いやすくするために変数をとり直す。

ここで は定数で、普通はf > 0, f = 0 となるようにとる。

これらを使って、さらにvの角度方向に渡って積分すれば

これで、一般に f を与えて を求めるとか、あるいはその逆とかが 出来る。

ただし、 を与えて f を求めようってときには、求まった f の条件を満たすという保証はないので、そういうのは物理的には意 味がない解ということになる。

1.6 球対称な分布関数の例

ここであげるのはあくまでも例であるが、さまざまな理由からその性質がよく 調べられているものである。

1.6.1 ポリトロープとプラマーモデル

ある意味でもっとも簡単な分布関数の例は、 の冪乗(パワー)で書け るものである。例えば

これから、まず密度を の関数として求められる( なる変数変換のあと)。で、答えは

となる。ただし、 が有限になるためには でないといけない。

上を使ってポアソン方程式から を消去すると

変数を適当にスケーリングして

としたものを Lane-Emden 方程式と呼ぶ。

実際には、上の Lane-Emden 方程式を解かないとポテンシャルや密度がどうなっ ているかはよくわからない。で、一般の n ではこの方程式には初等的な解 はないが、 n=5 の場合には解があることが古くから知られている。これは

の形をしている。これが Lane-Emden 方程式を満たしていることは各自確かめ ること。さらに、密度はで与えられることになる。

密度が r=0 で有限で、より速く落ちる ので、質量は有限である。

これは、天文学的になにか素晴らしいものであるというわけではないが、球状星 団のうち中心密度が低いものにはまあまあ似ていなくもない。とりあえず、こ れの意味は、解析関数で簡単に書ける自己重力系の self-consistent なモデ ルであるということである。

プラマーモデルは、いろんなシミュレーションの初期条件として使われること が多い。

1.6.2 Hernquist Model

プラマーモデルはその存在が前世紀から知られているが、こちらは論文が発表 されたのが 1990 年(というわけで、 Binney & Tremaine のときにはまだ知 られていなかった)という、非常に新しいモデルである(Hernquist, L., 1990, ApJ 356, 359)。これは、ポテンシャルを

で与える。密度分布は

で書ける。分布関数は求まっているが、めんどくさいのでここには書かない。 とりあえず、密度とポテンシャルがコンシステントになっていることは確認し てみよう。なお、一般に球対称ならば

であることに注意。これは、単に半径 r のところでの重力加速度である。

Hernquist Model には、「則をかなり良く再現する」という著しい特 徴がある。

則については後でその物理的解釈も含めて詳しく議論することにし たいが、要するに、観測される楕円銀河の表面輝度の対数(要するに等級です ね)が、半径の乗に対して直線にのって見えるというものである。この 性質と、一応解析関数で分布関数が書けるということのために、楕円銀河やダー クハローのモデルとして広く使われるようになってきている。

ただし、このモデルにはいくつか妙な性質もあり、それについてもまた後で触 れることになるはずである。

1.6.3 等温モデル

前回、無衝突ボルツマン方程式の定常解は熱平衡とは限らないし、そもそもエ ントロピーが発生しないのだから系が熱平衡に向かって進化するとも限らない という話をした。が、後で出てくるようないくつかの理由から、熱平衡状態に ついて良く理解しておくことは結構大事である。 熱平衡状態では(古典統計なので)分布関数はマックスウェル--ボルツマン分 布、すなわち

で与えられなければならない。 まず、例によってこれを速度空間で積分して密度をポテンシャルの関数として 表す。この時に誤差関数についての

を使うと、

ポアソン方程式にこれを入れると

従って、

後はこれを数値的に解くわけだが、まず、一つ特別な解があるということを指 摘しておく

は、上の方程式を満たし、解の一つとなっている。これを singular isothermal sphere と呼ぶ。これは self consistent なモデルではない。と いうのは、質量が となって有限ではないからである。が、 例えば銀河ハローの中心部、あるいは楕円銀河についても中心部についてはこ れで比較的良く近似できるものもあるということがわかっている。

特に、渦巻銀河については、「回転速度が中心からの距離に(あまり)依存し ない」(いわゆる flat rotation curve)という性質が知られていて、これを 説明するためには上のような のダークハローが必要である ということになっている。

特別ではない解は、中心密度を有限にして中心から外側に向かって解いていけ ばいい。この時でも、 の極限では singular isothermal に近付く。

流体との関係

等温モデルは、エントロピー極大であり、分布関数がボルツマン分布になって いるという特別な性質がある。このため、等温ガス球と実は同じ構造をとる。 以下、ガス球について方程式を導いておく。 静水圧平衡の式は

である。状態方程式に等温の

を使ってPを消して、さらに を微分してみれば、係数を別にして

要するに、 stellar system とガスで同じ方程式になっている。

なお、ポリトロープでも、ポリトロピックな状態方程式を持つガス球の密度分 布と stellar system のそれとは一致する。が、等温モデルの場合とは実は本 質的な違いがある。等温モデルの場合は、分布関数そのものが一致する(ボル ツマン分布であり、局所的にも大局的にもエントロピー最大)が、一般のポリ トロープではそんなことはない(そもそもガス球ではジーンズの定理が成り立 たないし、局所的にはボルツマン分布であるから)。



Jun Makino
Mon Jun 1 23:17:40 JST 1998