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1 粗視化エントロピー

前節で扱った、ジーンズ波長より短い摂動の(線形での)減衰は、無衝突系に固 有の現象であり、流体ではこれに対応するものはない。ここでは、まず、その 物理的意味についてもう一度考え直して置こう。


\begin{displaymath}
f_1(x,v,t) = g(v)\exp[ik(x - vt)]
\end{displaymath} (1)

初期の摂動の位相が $v$ によらないとすれば、その時間発展は上式で与えら れる。したがって、密度はこれを $v$で積分したものであり、式をじっとみれ ばわかるように $g(v)$のフーリエ変換になっている。したがって、$g(v)$を 選べばいろんな時間依存を持つものが作れることになる。

さて、無衝突系では普通の意味ではエントロピー生成はない。 これは、分布関数 $f$ が軌道にそって保存するからであった。しかし、上の 式からわかるように、速度方向の構造は、時間がたつにしたがってどんどん細 かくなっていってしまう。これに対して、実際の系では粒子数が有限であり、 分布関数に無限に細かい構造をつくることが出来るわけではない。また、観測 するとか、数値計算するとかいうことを考えると、どこかで分解能よりも構造 が細かくなってしまうことになる。

つまり、通常のエントロピーは

\begin{displaymath}
S = \int f \ln f dxdv
\end{displaymath} (2)

であるわけだが、これを適当な分解能で荒く見たものを考えてみよう。それに はいろいろな考え方があるが、ここでは適当なフィルタ $g(x,v;h)$ というものを考 え、
\begin{displaymath}
\int g(x,v;h) dx dv = 1
\end{displaymath} (3)


\begin{displaymath}
\lim_{h\rightarrow 0} \int fg(x_0-x, v_0-v; h) dx dv = f(x_0,v_0)
\end{displaymath} (4)

というようなもの、つまり、適当な極限で $\delta$関数になるようなものを 考える。

で、粗視化された分布関数 ${\hat{f}}_h$というものを

\begin{displaymath}
{\hat{f}}_h = \int fg(x-x_1, v-v_1; h) dx_1 dv_1
\end{displaymath} (5)

と定義する。

ちゃんと計算して見せた方がもちろんいいんだけど、結局どういうことがいえ るかっていうと、粗視化されたエントロピー

\begin{displaymath}
\hat{S} = \int {\hat{f}}\ln {\hat{f}}dxdv
\end{displaymath} (6)

というものを考えると、これは増えるということである。

というわけで、どういう風に増えるかってのは計算練習。

さて、ここで重要なのは、この「粗視化されたエントロピーは増える」という 性質は、平衡からのずれが線形でも非線形でも変わらないということである。 言い換えれば、仮にいま平衡状態から遠くはなれたものをなにか考えたとして、 その時間進化を適当に粗視化したエントロピーで見たとしよう。そうすると、 $\hat{S}$は時間がとともに増えて、そのうちにある定常値に達する。しかし、 これは、あくまでも速度空間での分布関数の構造が粗視化のために分解できな くなったというだけで、系が物理的に平衡状態に向かって進化しているわけで はないことに注意しなければならない。



Jun Makino 平成21年5月31日