そのようなわけで、1980年代終りに、我々の研究は一種の手詰り状態にあった。 ベクトル計算機や並列計算機を使ってそれなりの成果をあげたものの、球状星 団について決定的な結果を得るには粒子数であと10倍大きな計算をする必要が あるということがわかってきた。これは計算速度で 1000倍ということになる。 このころのベクトル計算機の実効性能は数百 Mflopsであったので、1 Tflops 程度の計算機が欲しかったということになる。
汎用計算機のピーク速度はだいたい10年で100倍速くなるので、1000倍は15年 に相当する。これはちょっと長過ぎる。また、もうひとつの問題があった。当 時の高速計算機の発展は、必ずしも我々のやりたいような計算が効率的に出来 るような方向に向いていなかった。当時はマイクロプロセッサを多数使った分 散メモリ型の並列計算機が急速に発展しつつあった。このような計算機は、ピー ク性能は非常に高いが通信に掛かる時間がハードウェア、ソフトウェア上の制 限から大きくなる。また、ハードウェアの並列度も高いものとなる。
恒星系の問題は粒子数がそれほど大きくなく、そのために並列度が小さい。せ いぜい数万粒子の計算をするのに、通信が遅い上にプロセッサが数千台もある ような機械を使うのは不可能に近い。粒子毎にタイムステップが違うとなれば なおさらである。
1988年秋のある日、杉本のところに、野辺山宇宙電波観測所の近田(現国立天 文台)から、研究会集録原稿のコピーが送られてきた。それは、「理論シミュ レーション用の専用計算機を作れば、効率は1000倍あげられる」という主張が、 野辺山の電波干渉計用のデジタル相関器を開発した経験を元に述べたものであっ た。
実はシミュレーション用の専用計算機という考え自体は昔からあり、我々が良 く知っていたものとしては MIT の G. Sussman らが開発した Digital Orrery [1]がある。これは、太陽系の惑星の軌道の長時間積分 をするための専用計算機であり、冥王星の軌道がカオティックであるというこ とを決定的に示した[9]ということで有名である。
もっと粒子数の多い球状星団の計算でも、専用計算機が有効でありうることは ベクトル計算機等の経験からわかってはいた。が、我々は、そんなことはちょっ と素人が手を出せるものとは思っていなかった。が、上の集録原稿を読んで近 田さんといろいろ議論した結果、近田さんがいろいろ助けてくれるならという ことで、やってみようかということになった。なお、ハードウェア設計、製作 の具体的な部分では、当時慶応大学川合研究室の助手であった朴さん(現筑波 大学助教授)にもいろいろお世話になった。計算機には、重力を計算するパイ プライン(GRAvity PipE) ということで、 GRAPE という名前をつけた。以下簡 単に現在までの歴史をまとめる。より詳しくは [2,8]等をごらんいただきたい。