近田 は、FXのような専用パイプラインプロセッサのアイディアを、シ ミュレーションに適用するという提案をした。そのなかで、一例として、粒子 間の重力相互作用だけを計算するハードウェアの大雑把な仕様について述べて いる。それを受けて始まったのが我々の GRAPE (GRAvity PipE) プロジェクト である。
表1と図2に、我々がこれまでに開発したシステムの計算性能と計算精度などを 簡単にまとめる。GRAPE-1 と GRAPE-2 は、DMDP と同じように市販の LSI を 使っている。これらはどちらも重力計算のためのパイプライン一本だけの計算 機であり、計算速度はDMDPと大差ない。 GRAPE-1 では、演算毎に違うデータ形式を使い、配線やICの数を極力小さくす る努力をした。これに対し、GRAPE-2では市販の浮動小数点演算LSIを使った。
GRAPE-3 と GRAPE-4 では FX と同じように専用 LSI を開発した。しかし、 FX ではいくつかの LSI を設計し、それを多数組み合わせて1つの演算パイプ ラインを構成したのに対し、GRAPE-3/4では基本的に演算パイプラインを1チッ プにおさめ、多数のパイプラインは SIMD 的な処理を行なう。これはもちろん 10年間のあいだの半導体製造技術の進歩による。大雑把にいうと、GRAPE-3は GRAPE-1を、4は2をそれぞれLSI化し、並列化したものである。
GRAPE のパイプラインは、 DMDP の相互作用計算のためのパイプラインとほと んど同じものである。が、基本的な違いは、「汎用計算機につないで使う」と いう思想にある。
DMDP もホスト計算機を持つが、これは初期条件やシミュレーションのパラメー タをロードしたり、計算の最終結果を回収したりするのが主な目的であり、計 算実行中にはホストがすることは何もない。これに対して、 GRAPE では相互 作用の計算以外のことはすべてホスト計算機が行なう。
「重力多体系のシミュレーション」といってもいろいろであり、 惑星数個の 軌道の長時間積分(ステップ以上)といったものから、宇宙の大規模構 造の形成のシミュレーションの場合のように個もの粒子を使う代わりに 時間ステップの数は 1000 に満たないというものまである。これらは、時間積 分につかう積分公式も違えば重力計算に必要な計算精度も違う。
ハードウェアにするところを重力相互作用の計算だけにして、時間積分などは ホスト計算機が行なうことにすれば、どんな積分公式でも使える。そればかり か、プログラム自体はホスト計算機の上で動くので、開発、デバッグは普通の プログラムと同じようにできる。また、すでにあるプログラムを手直しして使うこと もできる。
計算精度に関しては、高精度にしておけばもちろん何にでも使えるが、低精度 のものはハードウェアが小さくて済むために価格当たりの性能をあげられるし、 開発も楽になる。このために、われわれは、まず簡単な精度の低いものを作り、 その経験をもとに高精度の機械を作るようにしてきた。
GRAPE は、これまで、さまざまな計算に使われてきた。我々のグループで行なっ たものでは、例えば惑星形成過程のシミュレーション、球状星団の進化、銀河 中心におけるブラックホール連星の形成とその進化、銀河同士の衝突、合体、 銀河団の進化、多重重力レンズによる 3K背景放射の非等方性の変化、などが あげられる。また、 GRAPE-3A はコピーをコマーシャルベースで購入すること ができるので、他のグループによって宇宙の大規模構造の形成、銀河や球状星 団の形成などのシミュレーションが行なわれている。現在ではGRAPE-3Aを導入 した研究グループは20以上になった。また、渦糸法を使った3次元流体のシミュ レーションにも使われるようになりはじめている。GRAPE-4 も、小規模なシス テムがイギリス、ドイツにあり、フランスにも導入される予定である。さらに、 分子動力学計算用に重力以外の相互作用も計算できるようにしたものが、画像 技研と富士ゼロックスの2社から販売されている。
このように広くさまざまな問題に使うことができるのは、重力計算以外のすべ てをホスト計算機が行なうからである。例えば、ブラックホールを持つ系の計算や 惑星形成の計算では、ブラックホールや太陽からの重力は高い精度を必要と するためにホスト計算機で直接計算する。銀河形成のシミュレーションでは、 SPH法 を使った自己重力流体計算をする。重力は GRAPE が扱い、計算量の少 ない流体計算の部分はホストで行なう。渦糸の場合には、渦度の3成分を別々 に計算する。分子動力学計算の場合、クーロン力や分子間力は専用機で計算し、 より複雑な分子内の結合の処理はホストで行なっている。
GRAPE-4 は科学技術計算用の計算機としては現時点では世界最高速のものを、 総費用1.8億円で実現した。科学的な成果もすでにかなり上がっている。また、 1 テラフロップスという速度は、今後5-10年に渡ってGRAPE-4 が有用であるこ とを意味するものであり、これからいっそうの成果をあげることができると期 待している。