世界最高速の天文シミュレーション用計算機完成

プレス・リリース 平成13年7月9日

ZDNET 等からお越しの方へ:これは 2001年の新聞発表資料です。最新のものはこちらです。

東京大学は32Tflops (1秒間に32兆回演算)のピーク性能を持つ天文シミュ レーション用計算機 GRAPE-6 を完成しました。これは現在最高速の計算機で ある米国ローレンス・リバモア研究所の ASCI White マシンの約3倍の速度に なります。この成果は、 7月10日から 7 月 13 日まで東京で開催される国際 シンポジウム ``Astrophysical Supercomputing Using Particles''(天体物理 における粒子法によるスーパーコンピューティング)および7月13日に開催され る一般講演会で発表されます。

右図は GRAPE による銀河形成シミュレーションの例、下は 完成した GRAPE-6 と牧野助教授です。

東京大学大学院理学系研究科の牧野助教授を中心とする研究グループは、日本学 術振興会・未来開拓学術研究推進事業の一つとして「多粒子系むけ超並列計 算機の開発」プロジェクトを進めてきました。このほど、プロジェクトの主な 目標である粒子系むけ超並列計算機を完成することができました。完成した計 算機は GRAPE-6 と名付けられています。

銀河や星団のシミュレーションでは一つ一つの星を「粒子」と見て計算機の中でその運動を追跡します。 このように 自然現象を「多数の粒子の相互作用」としてモデル化し、そのモデルを高速な 計算機を使ってシミュレーションする粒子シミュレーションの方法は、天文学 のみならず科学・工学の様々な分野で用いられています。その応用は、銀河 や星団のシミュレーションをはじめ、 SPHやEFG 等と呼ばれる方法を使った構造 力学計算、さらには原子一つ一つの運動を追跡する分子動力学法までミクロか らマクロのあらゆるスケールに及びます。

プロジェクトグループでは、プリンストン高等研究所などいくつかの研究機関 と協力して主な応用を天文シミュレーションとする GRAPE-6 の開発を進めて きました。このシステムでは、粒子系シミュレーションのなかでもっとも計算 量の多い粒子間の相互作用計算を専用 LSI で行ないます。今回完成したシス テムでは、31 Gflops の計算速度をもつ専用 LSI を1024 個並列に動作させて 32 Tflops の性能を実現しました。相互作用計算以外の部分は通常のパーソナ ルコンピュータを4台並列に使って処理しています。

これまで単一の計算機としては世界最高の計算速度を持っていたのは米国ロー レンス・リバモア研究所の ASCI White マシンであり、その理論的なピーク計 算速度は 12.8 Tflops (1秒間に12兆8千億回の演算を行なう速度)でした。今 回東京大学が完成させた GRAPE-6 のピーク性能は 32 Tflops であり、ASCI White の2.5 倍になります。さらに注目するべきことは、 GRAPE-6 の開発総 予算はわずか 5 億円であり、調達価格が1億ドル以上といわれる ASCI White の約 1/20 でしかないことです。

GRAPE-6 がこのような優れた性能を極めて低コストで実現できたのは、基本的に は GRAPE-6 が問題に特化した専用計算機であるからです。天文シミュレーショ ンのなかでも、 GRAPE-6 が扱うのは太陽系や銀河のような、多数の天体がおた がいの重力を受けて運動しているようなシステムです。このようなシステム のシミュレーションでは、計算時間のほとんどが重力の計算にかかります。したがっ て、重力の計算だけを速くすれば、計算全体を速くすることができるのです。

東京大学では、上の考えに基づいて 1989 年から一連の GRAPE システムを開 発してきました。 1995 年に完成した GRAPE-4 は世界で初めて 1 Tflops を 超えるピーク性能を持つ計算機となり、1995年、1996年に米国電気電子学会コ ンピューター協会(IEEE Computer Society)からゴードン・ベル賞を受賞して います。また、2000 年には、まだ小規模なプロトタイプであったにもかかわ らず GRAPE-6 が同賞を受賞しました。なお、この 2000 年の賞は GRAPE と同様な アイディアに基づいて理化学研究所の戎崎情報基盤研究部部長のグループが開 発された分子動力学計算向け計算機 MDM との共同受賞になっています。

安価に超高性能を実現する専用計算機の考え方は国際的にも注目を集めていま す。例えば IBM T. J. ワトソン研究所の Marc Snir はペタフロップス(Tflops のさらに1000倍) の計算速度をもっとも早く実現するのは GRAPE であろうと昨年の国際シンポ ジウム SC2000 (スーパーコンピューティング 2000)で発言しています。

また、 Scientific American の7月号で、 NASA ジェット推進研究所のトー マス・スターリングも同様に GRAPE のような専用計算機をペタフロップスを 実現する有力な候補にあげています。

右に、 GRAPE プロジェクトが 1989年に始まって以来の GRAPE のピーク速度と、代表的なスーパーコンピュータのピーク速度を示します。赤と黒のシンボルが GRAPE であり、青はスーパーコンピュータや並列計算機です。 GRAPE が、はるかに高コストなスーパーコンピュータに比べて同等以上の性能を実現していることがわかります。
今後、 GRAPE-6 は銀河中心核でのブラックホールの形成、宇宙初期の揺らぎからの銀河形成、太陽系での惑星形成など様々な問題に適用され、従来は不可能であった大規模なシミュレーションによって新しい発見をもたらすことが期待されています。 GRAPE-6 を使った研究をする研究グループは日本国内はいうまでもなく、ケンブリッジ大学(英)、プリンストン高等研究所、アメリカ自然史博物館、マサチューセッツ工科大学、ドレクセル大学(米)、マックスプランク研究所(独)、マルセイユ大学等世界中に広がっています。

本件につきまして、システムのデモンストレーションを含め、記者発表を下記の要領にて行ないます。


日時    平成 13 年 7 月 9 日(月)  午後 2 時 45 分より
場所    東京大学 山上会館大会議室(本郷キャンパス内)
        〒 113-8654 東京都文京区本郷 7-3-1 
発表者  東京大学 大学院理学系研究科 助教授 牧野淳一郎
        プリンストン高等研究所 教授 ピート・ハット
連絡先  東京大学 大学院理学系研究科 助教授 牧野淳一郎
        Tel 03-5841-4252/4276 Fax 03-5841-7644
        Email makino@astron.s.u-tokyo.ac.jp
問い合わせ先:

牧野淳一郎
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻
113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
Tel 03-5841-4276 Fax 03-5841-7644(学科事務)
Email: makino@astron.s.u-tokyo.ac.jp

または

福重俊幸
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
153-8902 東京都目黒区駒場 3-8-1
Tel 03-5454-6611
Email: fukushig@grape.c.u-tokyo.ac.jp

関連リンク

資料写真等

GRAPE による銀河形成シミュレーションの例(東京大学・中里直人氏提供)

GRAPE による銀河団形成シミュレーションの例(東京大学・福重俊幸氏提供)

GRAPE-6 全体(クリックすると大きくなります)

GRAPE-6 と牧野助教授

GRAPE-6 プロセッサボード

GRAPE-6 はこのプロセッサボード 32 枚からなる。1枚のプロセッサボードには32個のプロセッサ LSI (写真では黒いヒートシンクの下)が搭載されている。各プロセッサチップは粒子間相互作用を高速に計算するために開発されたカスタム LSI であり、100 Mflops で動作して 31 Gflops の計算速度を持つ。この速度は最新のパーソナルコンピュータの CPU (Intel Pentium 4 1.8 GHz) のおよそ 20 倍であり、しかも消費電力は約 1/10 となっている。