先週扱った、ジーンズ波長より短い摂動の(線形での)減衰は、無衝突系に固 有の現象であり、流体ではこれに対応するものはない。ここでは、まず、その 物理的意味についてもう一度考え直して置こう。
初期の摂動の位相が v によらないとすれば、その時間発展は上式で与えら れる。したがって、密度はこれを vで積分したものであり、式をじっとみれ ばわかるように のフーリエ変換になっている。したがって、を 選べばいろんな時間依存を持つものが作れることになる。
さて、すでに何度もいったことだが、無衝突系ではエントロピー生成はない。 これは、分布関数 f が軌道にそって保存するからであった。しかし、上の 式からわかるように、速度方向の構造は、時間がたつにしたがってどんどん細 かくなっていってしまう。これに対して、実際の系では粒子数が有限であり、 分布関数に無限に細かい構造をつくることが出来るわけではない。また、観測 するとか、数値計算するとかいうことを考えると、どこかで分解能よりも構造 が細かくなってしまうことになる。
つまり、通常のエントロピーは
であるわけだが、これを適当な分解能で荒く見たものを考えてみよう。それに はいろいろな考え方があるが、ここでは適当なフィルタ というものを考 え、
というようなもの、つまり、適当な極限で 関数になるようなものを 考える。
で、粗視化された分布関数 というものを
と定義する。
ちゃんと計算して見せた方がもちろんいいんだけど、結局どういうことがいえ るかっていうと、粗視化されたエントロピー
というものを考えると、これは増えるということである。
というわけで、どういう風に増えるかってのは計算練習。
さて、ここで重要なのは、この「粗視化されたエントロピーは増える」という 性質は、平衡からのずれが線形でも非線形でも変わらないということである。 言い換えれば、仮にいま平衡状態から遠くはなれたものをなにか考えたとして、 その時間進化を適当に粗視化したエントロピーで見たとしよう。そうすると、 は時間がとともに増えて、そのうちにある定常値に達する。しかし、 これは、あくまでも速度空間での分布関数の構造が粗視化のために分解できな くなったというだけで、系が物理的に平衡状態に向かって進化しているわけで はないことに注意しなければならない。
ちょっとここで話を変えて、非線形 Landau Damping というものを考えてみる。 これはつまり、摂動の作る重力が無視出来ないような時にその摂動がどう振舞 うかということである。
この解析は実は結構難しい。というのは、もともと線形 Landau damping とい うか phase mixing というものはあるので、非線形性が効くかどうかに無関係 に摂動はどんどん減衰していくからである。しかし、とりあえず、非線形な効 果を考えるとどんなことが 起きるかをちょっと整理してみる。
今、とにかくポテンシャルの波というのがあって、速度 で動いている とする。これに対して速度 で動いている粒子があるとしよう。この粒子 と波の相互作用というものを考えてみる。
今、 、つまり大体同じ速さで動いていることにすると、粒子 はその波に対する相対的位置によって受ける力の方向が変わる。波に対して遅 れていれば引っ張られるし、そうでなければ減速される。このため、初期にど ういう位相にいたかによって、大きくエネルギーをもらったり失ったりするも のがあることになる。
ただし、波が無限に長い間維持されていれば、無制限にエネルギーをやりとり 出来るわけではない。これは、座標変換して波が止まっている座標でみれば当 然のことで、あるポテンシャルの谷のなかに止まっているか、それとも超えて 動いていくかのどちらかであって平均すればエネルギーのやりとりは起きない ことになる。
さて、ここで少し違った状況を考えてみる。今、温度0(だと、本当はジーン ズ不安定が起きるわけだがこれはとりあえず考えない、すなわち自己重力は無 視する)の、無限に一様な物質分布の中を、適当な大きさを持った球対称なポ テンシャルの摂動(質点によるものでもOK)が動いているとしよう。
座標系はこの質点の運動の方向を対称軸にとった円筒座標で考えていい。この 時、バックグラウンドの物質がどう動くかを考えると、質点の方に固定した座 標系では図のようになる。つまり、平行に入ってきたものが散乱されるだけで ある。
ここで、しかし、もともとの止まっていた物質分布に固定された座標系で考え ると、散乱されたものは、左向きと中心向きの速度をもらうことになり、ネッ トに加速されている。つまり、エネルギーをもらっているのである。
回りがネットにエネルギーをもらっているので、動いている質点のほうは減速 されなければならない。これが dynamical friction と呼ばれるものである。 この効果は、別に動いているものが単純な質点のポテンシャルとかでなくても、 3次元空間のなかで有界なものが動いていれば常に働くということに注意して ほしい。
すなわち、一方向に進む平面波というようなものを考えるとネットにエネルギー のやりとりは出来ないことになるが、孤立波とか非周期的な摂動とかを考える とちゃんとそれが非線形なダンピングを受けることになる。
もうちょっと別な例としては、サイクロトロン加速をあげることができる。こ の場合、加速される粒子はエネルギーをもらっても周期が変わらないため、電 場を周期的に掛けることで(非相対論的な範囲で)加速を続けることができる。
このように、摂動と回りの相互作用を考えれば、実際にエネルギー交換がおき てそれが摂動のエネルギーを回りに伝えるということ自体は起こり得る。
ただし、この場合でも、やはりエントロピー生成はないということは依然とし て注意が必要である。 Dynamical Friction の例では、質点の運動エネルギー (これはエントロピーを持たない)が回りの粒子の運動に変換されたわけだが、 回りの粒子の運動は依然としてシステマティックなものでありランダム成分を 持たないので、エントロピーは生成されていないのである。
ここまで述べてきたことは、
とまとめることができる。
線形 Landau damping では粒子のエネルギーが変 わらないので、通常の意味で熱平衡に近付いているのではないということはあ きらかであろう。しかし、非線形の場合はどうだろう?エントロピーが生成さ れていないからといって、なんらかの意味で熱平衡に近付いていないと断言で きるだろうか?
このような問題意識には、観測的な理由もないわけではない。それは、楕円銀 河というものの存在である。
楕円銀河というのは、結構たくさんあるわけだが、これはどれも似たような形 をしている。これはたんに形が似ているというだけではなく、実は、半径方向 の密度(表面輝度)分布に比較的に共通性が高いということがわかっている。 具体的には、いわゆる 則、あるいは Hernquist Profile で良く近 似できているわけである。
楕円銀河がどういうふうにして出来たかは良くわかっていないが、初期条件が どれもこれも非常に良く似ていたというのはあまりありそうにない。それにも 関わらず、みんなが良く似た形をしているというのは、なんらかの熱平衡にむ かうような緩和過程の存在を示唆しているのかもしれない。
というようなことを考えて、 Lynden-Bell (1967) は violent relaxation と いうものを提案した。彼の論理は、大雑把にいうと以下のようなものである
なお、 Lynden-Bell統計であって普通のMaxwell-Boltzman統計には従わない理 由は、 f の値に制約がある(初期の分布の最大値を超えられない)からで あるそうである。
Lynden-Bell は大変偉い先生であるので、この提案は大きな影響力を持った (現在も持っている)。
上の、 violent relaxation が本当に有効に働くとすると、どんなことがおき ることになるかをちょっと考えてみる。これによって起きる緩和は、いくつか の点で通常の熱平衡に向かうものと異なっている。
Violent relaxation というのは、いろいろな意味で魅力的な提案であったの で、数値実験によって実際にそんなにうまくいくかどうか調べようという試み が多数なされている。ここでは、その代表的なものである van Albada (1982, MNRAS 201, 939)を取り上げて、どんな結果になったかをまとめる。
計算は極座標でポアソン方程式を球面調和関数展開してポテンシャルを求める 計算法によっている。このために、 1982 年というかなり昔でありながら、 5000粒子というこの目的には十分な数の粒子(粒子の数の意味については 来週扱う)を使うことができた。
初期条件は、粒子に少しだけランダム速度を与えて、大体球状(実際には、い ろいろ変化させているが)に分布させ、手を離してどうなるか見るというもの である。
この図は、あるケースについて をプロットしたものである。 は 分布関数ではなく、 を満たすような、つまりはあるエネルギー 範囲にある粒子の数である。これを使うのは、数値計算で実際に分布関数 f を求めるのはいろいろ困難があるのにたいし、理論計算では fから N を 出すのは機械的だからである。
初期には狭いところに集まっているが、落ちついたあとでは広がっている。こ れは、ある程度まで violent relaxation というものが起こっているというこ とを示してはいる。
これは、初期のエネルギーと落ちついた後のエネルギーの関係を示している。 明らかにわかることは、非常に強い相関が残っているということである。つま り、もともとエネルギーが低かったものは相対的に低いまま、高いものは高い ままに留まる傾向がある。
これはさまざまな初期条件からの結果をすべてまとめたものである。( をプロット)初期条件によって、 はいろいろであり、とてもある一つ のものに向かうといえるようなものではないということが見てとれるであろう。
結局のところ、 Lynden-Bell が主張したような violent relaxation は、全 く働かないというわけではないが十分に熱平衡に近い状態を実現できるほど有 効に働くわけでもない。このために、無衝突系の最終状態は初期条件の記憶を 強く残している。
例えば楕円銀河が合体で出来たという説に対する反論として、「合体したら violent relaxation によってよく混ざるはずであるから、 color gradient などの構造があるのはおかしい」という主張がなされたことがあったが、現在 ではこれは合体説に対する反証とは考えられていない。