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第5章 恒星系でのジーンズ不安定とランダウ減衰

前章では、空間的に一様で等方な仮想的な系の不安定性について、まず流体の場 合を扱った。今日はいよいよ(と気張るほどのこともないが)恒星系の場合を 考える。

5.1 CBEの線形化

何度も出てきたがもう一回式を書いておく。

 

ここで fは6次元位相空間での分布関数である。 は重力ポテンシャ ルであり、以下のポアソン方程式の解として与えられる。

 

G は重力定数であり、 は空間での質量密度

である。 これを流体の時と同様に線形化して、その振舞いを調べる。分布関数を 、ポテンシャルをとし、添字0がつくほうは定常解で あるとして式を整理すれば

ということになる。これが線形化された無衝突ボルツマン方程式である。

5.2 Jeans 不安定

上の線形化されたボルツマン方程式は、平衡解の回りならば何でも使えるが、 ここではもっとも簡単に解析できる場合として空間分布が一様な場合を考える。 これから は速度だけの関数であり、 は定数としていいことに なるので

と少し式が簡単になる。まず、流体の場合と同じような平面波型の解を考えて みよう。

速度空間の方にも伝わっていく波とかいうのも考えられないわけではないが、 とりあえずそういうのは考えない。これらを上の線形化した式に入れれば

となる。これらから を消せば、 も落ちて

となって、が与えられていれば k の関係、すなわち分散 関係を与える。

もっとも、これはちょっと困った式で、 が特 異点になっている。したがって、実数の振動数を考えるのはすこし厄介な話に なる。まず、臨界点、すなわち振動数が 0の場合と、不安定、すなわち振動 数が純虚数の場合を考えよう。

5.3 臨界点

式が繁雑なので、いま、 波数ベクトルをx軸方向にとることにすると、分散 関係は

臨界安定で とすれば、結局

となる。 で有限で微分可能なら積分は求まるので、これか ら となる波数 は決まる。

流体の場合と対応をつけるために、速度分布 をマックスウェル分布

にしてみる。 これは例によって

を使って全部積分できて、

となる。これは、流体の場合と同じになっている。つまり、中立安定な波長 (ジーンズ波長)は、恒星系と流体で同じである。

5.4 不安定な場合

次に、振動数が純虚数の場合を考えてみる。この時は、 として元の式にマックスウェ ル分布を入れて整理すると

ここで、被積分関数の分母を実数にするために

と書き直すと、虚部は奇関数なので落ちる。実部は

なる関係を使って

なんだかよくわからないが、まあ、 k () の関係を与 えてはいる。 なら、ある実数 (正負どちらでも)があって 上を満たす。ただし、 の場合と k=0 の極限を除いては、値は流体 の場合とは一致しない。

というわけで、波長がジーンズ波長よりも長いモードは流体と同様不安定で、 勝手に成長することになる。

5.5 van Kampen mode

さて、それでは、音波に当たるような振動数が純実数のモードというものはあ るのだろうか?これについては、 BT を含めて標準的な教科書でも若干混乱し た記述がなされていることがある。以下、 van Kampen の論文 (1955, Physica, 21, 949) に沿った理解を試みることにする。分散関係の一つ前の式 に戻ってみると、

となっている。面倒なのでまた y, z 方向についてはあらかじめ積分すると、

ただし、gy, z 方向に積分したものである。また、 は 等方的であるとし、さらに

なる関係を使った。これは、一定の平面上で極座標に変換すればすぐに 出てくる。上の式は g についての線形斉次な方程式で、

という解を持つ。ここでは、 となるように規格化した。 ただし、意味のある解であるためには

を満たすようになっている必要がある。これは、最初に出した分散関係と実は 同じ式である。

最初にもいったように、この式がよろしくないのは で積分が 特異になるからである。意味のある解を求める一つの考え方は、 gを超関数 に拡張してしまうことである:

ここで は主値をとるということで、要するに積分の不定性を 関数のほうに押しつけてみたというだけである。実際に、 規格化を満たすという条件から の値を決めることができる。この 「モード」は、任意の なるk のすべての組合せに対し て存在する。これを van Kampen mode という。

これがいったいどういうものかを少し考えてみよう。まず、 関数の 分は、 のところにだけ値があるということを示している。 つまり、位相速度が摂動を受けていないもともとの速度と等しい、いいかえれ ば与えたものがそのままラグランジュ的に動いていくようなものである。これ は、いま重力がまったくない極限を考えれば、単に摂動がまわりと相互作用す ることなくそのまま動いていくというものであると考えられる。これにたいし て、もう一つの項は重力による応答を示していると考えていい。

このへんはちょっとお話しになって申し訳ない(詳細を知りたいひとは van Kampen の原論文に当たってほしい)が、 van Kampen モードは完備であるこ とがわかっている。つまり、任意の摂動をvan Kampen mode の組合せとして表 現できる。

5.6 Phase Mixing

さて、任意の摂動が、減衰しないモードの組合せとして表現できるのなら、そ れはなにか音波のような伝わっていく波になっているのであろうか?実はそん なことはない。これは、以下の簡単な例で示すことができる。1次元で、重力 がない系である有界な領域に摂動(overdensity)を与えたとする。で、簡単の ために周期境界で、右から出ていったものが左から入ってくるとしよう。もち ろん、ちゃんと適当なポテンシャルを考えるとか、無限一様な場合を考えると かしても本質は同じである。(無限一様な場合は、単に周期的な摂動を与えた というのに対応する)

すると、時間がたつに従って摂動が引き延ばされていくということがわかる。 このために、例えば密度の変化といった量は時間がたつにしたがって減衰して いく。

つまり、 singular な van Kampen mode 自体は減衰しないが、それを重ね合 わせた有限の広がりを持つ摂動は減衰するように見える。これが通常 phase mixing と呼ばれるものである。

5.7 Landau Damping

さて、モードがあって、世の中はその重ね合わせであるというのなら、それで 話はおしまいではないかとおもうのが人情だが、普通はそういう話にはなって いない。というのは、 Landau Damping という難しいものがあるということに なっているからである。これはどういう原理ででてくるかというと、要するに 複素数の があると信じて、そういう解を求めると、ちゃんとそうい うものが見つかるというものである。つまり、摂動の速度方向の分布 を うまくとってやると指数関数的に減衰するモードがでてくる。ただし、注意し て欲しいのは、これは、 に制限をつけないと出てこないということであ る。不連続な を仮定すれば、時間のベキでしか減衰しないような解を構 成することも出来る。ただし、そういった解はモードの形、つまり位置、時刻 の指数関数の形に単純に書けるとは限らない。

逆にいえば、解が指数関数の形に書けると仮定すれば、ジーンズ波長より短け ればそれは指数関数的に減衰するわけである。

今、簡単のために重力がない一次元系を考える。この時 van Kampen mode は 単なる 関数なので、初期の波数が kであるような摂動は

という形をしているということにしよう。これは、自明な解になっているとい うことは式を良く見ればわかる。

しかし、注意して欲しいのは、これは最初に安定性解析の時に仮定した という形とは違うということである。これは、 振動数 vそのものであり、速度空間のなかでの位置に依存する ためである。

このことをいいかえると、上のような「自然な」解があるにもかかわらず、 モード解析をするとvan Kampen mode のような singular なものが出てくるの は、モード解析の仮定として位相速度が粒子の速度に寄らないようなものを考 えたからであるともいえる。

さて、上の「自然な」解はどのように振舞うかをちょっと見てみよう。 密度は、

これから、例えば

みたいなものだと、 で減衰するという解がでてくる。

このような減衰が起きるのは、初期条件が非常に特別なものであるためである ということに注意してほしい。つまり、速度ごとに波の位相速度が違うのに、 初期条件としてその空間位相がすべてそろったものを考えたわけである。そう すると、時間がたてば位相はずれていくので速度方向に積分して見た波の振幅 は小さくなってくことになる。これは、速度方向の「波数」に時間が生で入っ てくるためである。

なお、 に適当な形を仮定すれば、もっと速く減衰するものも作れる。

もちろん、無衝突ボルツマン方程式にしたがった進化は可逆過程である(エン トロピーを生成しない)ので、原理的には逆に振幅が大きくなるような初期条 件も存在していないといけない。実際、減衰していく解で、どこかで時間反転 すればそういう解が作れるわけである。

なお、今日の話で要領を得ないと思った人は、リフシッツの「物理的運動学」 あたりを見てみるのがよいと思う。



Jun Makino
Mon Jun 1 23:17:40 JST 1998