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第4章 ビリアル定理の応用、ジーンズ不安定

前回は、球対称非等方モデルの計算できる例として Osipkov-Merritt モデル を扱い、モデルから離れた自己重力質点系の一般的な性質ということでモーメ ント方程式、具体的には速度空間でのモーメントをとったジーンズ方程式と、 さらに空間でのモーメントをとって得られるビリアル定理を導いた。今日は、 まず、前半でビリアル定理のいくつかの応用例を示し、それで平衡状態につい ての話はおしまいにする。

今日の後半から2-3週で、力学平衡に至る進化の一般的な性質についてどんな ことがいえるかを考える。まず、今日は、不安定な平衡状態からの進化の性質 を考えるということで、無限一様な仮想的な恒星分布を考えた時に、それがど のように振舞うかを考える。

4.1 ビリアル定理の応用

4.1.1 系の「比熱」

これまで何度か強調してきたように、無衝突ボルツマン方程式 CBE で記述さ れるシステムの力学平衡状態は熱平衡ではないし、自己重力系は熱平衡ではあ りえない。しかし、 King model のように近似的に熱平衡なものもあるので、 ここでエネルギーの出入りに対する系全体の応答、つまり比熱というものをちょっ と考えてみることにする。

ビリアル定理から K = -E であったので、すぐにわかるように「エネルギー を奪うと運動エネルギーが増え、逆ならその逆になる」ということになってい る。つまり、見かけ上比熱が負になっている。

これは重力が効く系では普通のことで、例えば地球を回る人工衛星といったも のでも同様のことが起こっているわけである。

この、「見かけ上比熱が負」ということが、熱力学的不安定を通して構造形成 (自己組織化)が起きる基本的な理由である。

4.1.2 系の質量、

まず、系の「大きさ」についてどんなことがいえるかということをおさらいし ておく。Wは全ポテンシャルであったので、定義により以下のように書ける:

今、粒子の質量がすべて等しい場合(あるいは、分布関数が質量によらない場 合)を考えると、

を導入して、

と書ける。この を普通ビリアル半径という。なお、 の ことを gravitational radius 重力半径ということもあるが、「重力半径」と いうと時と場合によってはシュワルツシルト半径だったりすることもあるので 注意すること。とにかく、この を使って、を書き直せば

したがって、速度分散(系全体の平均)とビリアル半径がわかれば質量を決め られる。観測的には、球対称を仮定すれば、3軸方向の速度分散は等しいので、 視線方向の速度分散の3倍が3次元速度分散ということになる。問題はビリアル 半径のほうであるが、もちろん球対称(だけでは本当はだめで、さらに が半径によらずに一定であるという仮定も必要)を仮定すれば表面輝度分布か ら deprojection して計算できる。

大雑把な見積りでよければ、例えばhalf mass radius (質量の半分が入って いる半径) を適当に見積もって、それで の代わりにしてもそれほど大 きな誤差はない。典型的には

 

程度である。具体例をあげれば、プラマーモデルでは

ハーンキストモデルでは

 

であり、仮想的な密度一様の球というものを考えると

というようなことになる。実際に観測から直接決められるのは、多くの場合 ではなく有効半径 effective radius であり、これは質量ではな くて投影した輝度の半分が入っている半径である。一般に であ ることはいうまでもないが、まあ、それほど大きな差にはならない。

4.1.3 回転系の偏平度(あるいは楕円銀河の回転)

今、z軸まわりに対称な、回転している銀河を考えると、ポテンシャルテン ソルについては対称性から

で、運動エネルギについても同様にクロスタームは消えるので、結局テンサー ビリアル定理で残るのは

の2つだけである。この2つから、

となる。今、子午面環流みたいなのはないとすれば、 で、

(これは 、つまり平均の回転速度の定義と思って下さい)。同様に

これは視線方向(横から見ているとして)のランダム速度の平均 (r.m.s)であ る。あと、 z方向についてはなにかいえないかというと、 x方向との速度 分散の異方性パラメータ を導入して

と書いておくことにする(これは、先週扱った球対称な系の速度分散の異方性 とはまったく違ったものであることに注意)。これらをまとめると、

ということになる。

さて、 と、銀河の「形」の関係についてであるが、一般に密 度が以下のように書ければ

言い換えれば、密度が軸比一定の楕円体の表面上で一定なら、 aだけの関数で の関数形によらないというこ とがわかっている。実際に書くとかなり面倒な形をしているので、具体的な形 は BT をみてもらうことにして、結果だけを使うと、要するに速度の非等方性 と偏平度 を決めれば が決まるということになる。どんな感じかを BT の図から示すと

まあこんな感じになる。上の図は、 の関数として がどう変化するかを、 のいくつかの値について示したも のである。破線は、真横でない方から見たらどういうふうになるかを、いくつ かの場合について示したものである。下の図は、実際の観測結果と の線を重ねて書いてみたものである。暗い楕円銀河は の線 に近いところに集まっているのに対し、明るいものは可能な範囲全体にあり、 どちらかというと下の方(回転が小さく、おそらく異方性が大きいほう)に集 まっているということが見てとれる。このような構造の違いは、それぞれの銀 河がどうやってできたかということになにか重要な手がかりを与えているはず である。

とはいうものの、どうやってできたかということに対する標準的な理解という ものがあるわけでは必ずしもない。ここでは、せっかくなので一つの考え方と して、合体説(楕円銀河のうち、特に大きいものは銀河同士の合体でできた) をとった場合にはどのような説明が可能かということを見てみる。これ以外の 解釈がないというわけではない。

これは Okumura et al. (1991, PASJ 43, 781) によるシミュレーショ ンの結果と上のグラフを重ねたものである。シミュレーションはすべて2つの 等方的で回転を持たないプラマーモデルを2つ放物軌道でぶつけたもので、番 号順に最初の軌道の近点距離が大きくなる( 4 で である)。

大雑把にいうと、番号の大きいものほど軌道角運動量が大きいので、 が大きくなる。もっとも、ある程度より大きくなっていないこ とに注意してほしい。これは要するに合体するためにはかなりの軌道角運動量 を捨てないといけないので、残った系が持つ角運動量には上限があるためであ る。

合体後の銀河は特別な場合(1,7)を除いて3軸不等なので、その3方向からみ てグラフ上に点をとり、それを結んで3角形を書いている。大雑把にいって、 適当な方向からみたときにはこの3角形の中にあると思っていい(実際にある 方向から見た時にどう見えるかというのはもうちょっとややこしいが、いまは そのあたりの議論は省く)。

シミュレーションの結果からわかることは、仮に楕円銀河が合体で出来たとす れば、暗いものは初期に近点距離の大きな軌道(おそらく楕円軌道)をもち、 明るいものは近点距離の小さな軌道から合体したものが比較的多いということ になろう。

4.2 ジーンズ不安定

ここまで、自己重力多体系の平衡形状を(ごく簡単な場合だけ)扱ってきたが、 そろそろ飽きてきたような気もするので、これからは平衡形状ではなく時間発 展について考えることにしたい。

時間発展といっても、もとの方程式が強い非線形性を(加速度の項に)持つの で、一般的な場合を解析的に扱うなんてことはほとんど出来ない。そこで、ま ず、平衡状態から無限小だけずれている場合に対して線形化した発展を考える ということにする。さらに、話を簡単にするために、「無限一様」な平衡状態 とし、まずCBE ではなく流体の話を考える。

4.2.1 流体のジーンズ不安定

流体は、連続の式

オイラー方程式

ポアソン方程式

で記述される。あ、あと状態方程式がいる。これはいま圧力が密度だけの関数 で与えられるとする。(断熱でも等温でもなんでもいいが)

今、 をそれぞれ という格好にして、添字 0 がつくものはもとの方程式の平衡解であ り、 1がつくものは小さい(二次以上の項を無視していい)として方程式を 書き直すと

ここで は音速である。

既に述べたように、無限一様でいたるところ密度、圧力が等しいというのが平 衡で、速度も0だったとすると、上の2本は

となる。下2本は見かけはかわらない。これを、 だけの式にすれば

さて、めでたく方程式が線形化されたので、分散関係を求めれば算数はおしま いだが、まずその前にどういう方程式かということを見ておこう。

最初の2項をみれば普通の波動方程式で、最後の項がポアソン方程式を通して でてくる重力の項である。したがって、波長が短い極限では普通の波動方程式 に近付く。これに対し、波長が長い極限では空間2階微分の項が効かなくなる ので、線形の常微分方程式になってしまう。

実際に分散関係を求めるために、解を

 

として代入すれば

ということになる。したがって、

と書くと、

なお、一応念のために書いておくと、式(4.27)の形の解だけを 考えるのは任意の初期条件からの解が(連続性とかを仮定すれば)この形の解 の線形結合で表現できるからである。解の線形結合が解であるのは方程式が線 形だからであり、任意の解が表現できるのは要するにフーリエ変換が完全系を なすからである。

話を戻すと、定性的に見たときにわかったように、波長が短ければ普通の音波 として振舞うが、波長が より長いと時間の指数関数で進化すること になる。つまり、密度が上がり始めたらどんどんあがる(下がり始めたらどん どんさがる)ということになる。



Jun Makino
Mon Jun 1 23:17:40 JST 1998