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4 熱平衡分布

なんだかよくわからないが、自己重力多体系における2体 緩和はこんなふうに起きるということで、話をすすめる。

以下、まず、熱平衡を考える。

球対称としたので、運動の積分はエネルギーEと全角運動量Jの2つだ けということになる。さらに熱平衡を仮定すると、速度分布がマックス ウェル分布でないといけないことになる。さて、ここで、上のジーンズ の定理から直ちに導かれることは、系全体の分布を記述する分布関数が エネルギーだけに依存し、これがマックスウェル分布

に従うということである。ここで は以下のように定義される。

は定数で、普通はf > 0, f = 0 となるようにとる。

球対称の定常状態を求めるための標準的な方法は、分布関数fを速度空間で積分して密度 をポテンシャルの関数として表すことである。この時に誤差関数についての

を使うと、

ポアソン方程式にこれを入れると

従って、

後はこれを数値的に解くわけだが、まず、一つ特別な解があるということを指 摘しておく

は、上の方程式を満たし、解の一つとなっている。これを singular isothermal sphere と呼ぶ。すぐにわかるようにある半径rの内側の質量 を考えるとこれが r に比例するので、この解は有限質量にならない。

特別ではない解は、中心密度を有限にして中心から外側に向かって解いていけ ばいい。この時でも、 の極限では singular isothermal に近付く。従って、 self-consisitent な解というのは所詮存在 しなくて、初めに書いたように壁をつけないと意味がある解にはならない。

なお、熱平衡であるということは、実は自己重力的な流体(衝突項が大きいも の)と自己重力多体系で分布関数が同じであるということである。念のため、 以下、自己重力流体について方程式を導いておく。 静水圧平衡の式は

である。状態方程式に等温の

を使ってPを消して、さらに を微分してみれば、

要するに、上と同じ方程式が出てくる。

もちろん、これは「熱平衡」という極めて強い条件を課したからで、非平衡状 態を考えると自己重力流体では局所的に分布関数がボルツマン分布になるのに 対し、自己重力多体系ではジーンズの定理から常に分布関数はグローバルなも のであり、しかもそれは必ずボルツマン分布とは違っているわけである。

4.1 熱平衡分布の熱力学的安定性

若干前置きが長くなったが、壁が断熱壁であるとしてこの熱平衡解の振舞いが どんなものかもう少し考えてみる。上の解き方では、中心での密度、温度を与 えて外に向かって解いていって、適当なところで打ち切った(そこに壁がある とした)わけだが、何が起きるかという観点からは壁の半径 R、中の物質の 総質量Mを固定し、全系のエネルギーE を変化させて対応する解がどうな るか調べるというのがわかりやすいであろう。で、後ですぐに明らかになる理 由から、E ではなく中心での密度 と壁のところでの密度 の比 をパラメータにとることにする。重力が ある分中心密度が高いわけで、 D の値は重力の効き方の程度に対応してい る。R, M を固定した時には、D=1 の極限は に対応する。重力のポテンシャルエネルギーは の程度の大きさであ るからである。

さて、では D をどんどん大きくしていくとエネルギーはどうなるかという わけだが、結果だけを書くと、エネルギーはD のある値 (数値的には 709くらい)で極小になる。そのあとは振動的に での値 に近付く。

ここでチャンドラセカールによる linear series analysis を適 用するなら、この D=709 から先は熱力学的に不安定ということになる。[LW68] しかし、これでは不安定といってもどんなものかというのは良くわから ない。不安定モードがどんなものかというのを初めて具体的に示したの は蜂巣と杉本[HS78]である。といっ ても、実は彼らが調べたのは自己重力多体系ではなく流体の場合である。 というのは、流体だと上に述べたように局所熱平衡で議論して良くなっ て、熱力学的な量を使って安定性を議論することが容易になるからであ る。

等温状態なのでエントロピーは通常ならば極大値である。これは、任意 のエントロピーの再分配に対して、となっ ているということを意味する。

熱をちょっとどこかからとって別のところに与えると、それによる温度 変化を考えなければ(一次の変分)エントロピーは変わらない。また、 温度変化を考えると(二次の変分)、普通は熱をもらった方は温度が上 がっているのでもらうエントロピーは少なく、出したほうは逆に温度が 下がるので出ていくエントロピーが多い、従って、系全体としては普通 は摂動を与えるとエントロピーが減る、すなわち、平衡状態はエントロ ピー極大に相当している。

以上から、もし、熱を取り去った時に温度が上がるようなことがあれば エントロピー極大ではないかもしれないということが想像できよう。も ちろん、常識的な熱力学の対象ではそんなことはあり得ないわけだが、 自己重力系ではそうではない。

蜂巣と杉本の方法では、摂動に対してを求め、その符号から安定 か不安定かを決めている。この方法では、しかし、熱力学的に安定かどうかを きめることは出来るが、不安定性がどのように発展するかを調べることはでき ない。というのは、そのためには熱伝導の式もカップルさせて線形応答を求め ないといけないのに、そのような解析は行なっていないからである。というわ けで、しばらく前にそういう解析をやってみたことがある[MH91] ので、以下はその結果を使う。

熱伝導の式は

と書ける。ここで、 は半径 rのところでの熱流束であり、 K は熱 伝導の係数である。Kは温度、密度の関数だが、ここでは等温状態の線形解 析なので温度依存性は無視してよい。従って密度だけの関数として

という形を仮定する。放射伝達であれば である。

自己重力質点系の場合は、緩和時間の式(60)からわかるように密度が高いほうが熱平衡 に達するタイムスケールが短い。このことを熱伝導係数でむりやりに表現すると、となる。

エントロピーについての式は

で与えられ、境界条件は

ということになる。以下、式の細かいところを見たい人は原論文に当たっても らうとして、結果だけ書く。

2に示すのは第一固有値 (ここではすべての固有値が負なので、最も0に近いもの)に対応する固有関 数である。

  
図 2: 安定領域の応答

ここで、 Dは中心の密度と壁のすぐ内側での密度の比である。D=1という のは、温度が無限に高くて重力エネルギーが相対的に小さい極限である。これ に対し、 は singular isothermal に対応する。

は、要するに重力が無視できる場合である。D=1 の場合は応答は ベッセル関数で書けるわけで、もちろんそれに近い解が求まっている。注意し て欲しいことは、圧力pの変化がないこと、エントロピーsと温度Tがちゃんと比例 関係にあることである。重力が無視できるので普通の振舞いをしているわけで ある。つまり、密度、温度の変化が圧力変化がなくなるように働く。これは、 静水圧平衡を保つためである。

なお、ここでは、中心から熱を奪って外に与えるようなものを考えているが、 その逆も固有関数であることに注意してほしい。これは、線形化した方程式の 解だからである。

さて、少し中心密度を上げると、摂動に対する圧力の応答が変わって、中心で 圧力が上がるようになる。これは、熱を奪われることに応答して縮むと、重力 も強くなるので、つじつまをあわせるにはもうすこし縮んで圧力を上げる必要 が起きるからである。このために、温度の応答は与えたエントロピーからず れてくる。もっとどんどん温度をさげて、Dを大きくすると、ついには、熱 を奪ったにもかかわらず、温度が中心でも上昇するようになる。

もちろん、この解は負の固有値に対応するものであり、安定であ る。それは、温度勾配としては依然として中心に向かって下がっていて、ちゃ んとエントロピー変化を打ち消す向きに熱が流れるからである。

4.2 中立安定

さて、もっと Dを大きくすると、ついには固有値が 0、すなわち与えられ た摂動が減衰しなくなる。この状況を図3に示す。

  
図 3: 中立応答

与えられた摂動が減衰しないということは、温度勾配ができないということで ある。実際、応答は が定数になっている。

4.3 重力熱力学的不安定

さらにもっと温度を下げ、 Dを大きくすると、ついには固有値が正になる。 図4にいくつかの例を示す。

  
図 4: 不安定応答

どの場合でも中心でエントロピーが減っているのに温度が大きく上がり、 それが外側の温度上昇を追い越している。その結果中心から外に向かう 熱流ができるのである。

なお、ちょっと注意して欲しいのは、 の値によって応答が大きく違 うことである。Dが同じ時、の方がに比べて中心に集 まったような応答になっている。これは、熱伝導が密度の高いところで速いた めと考えて良い。

4.4 有限振幅での進化

さて、このあとどうなるかということを調べるためには、数値計算をす る必要がある。 Hachisu et al. [HNNS78] は、自己重力流体についてそ のような数値計算を行なった。

結果の詳細は省くが、重要なことは、中心から熱をとったときに「自己相似解」 が現れる場合があるということである。

中心に熱を与えると、中心は温度を下げつつ膨張する。このときは、結局最終 的には安定平衡にいってしまうことになる。しかし、中心から熱をとったとき にはどこかいき先があるわけではない。

この後の進化は、熱伝導のタイムスケールによる。密度が上がるとタイムスケー ルが長くなるような場合には、大雑把にいってかなり大きなものが全体として 収縮していく。

これに対し、恒星系に対応する場合では、密度が上がるとタイムスケー ルが短くなる。この時は、密度の高い「コア」が出来、それがどんどん収縮を 続けるということになる。これに関する詳細な解析は Lynden-Bell & Eggleton [LE80] に与えられているので、以下考え方だけを示 す。

ここで自己相似解というのは、ある物理量 y

と書けるようなものである。さらに、 が時間のベキで書ける (これは数値計算の結果がそうなっている)とすれば、

とか

と書け、結局

という関係が出てくる。

自己相似解ということで、いろんな無次元量は一定と考えられる。特に、今コ アというものを考えて、その半径を とすれば

ここで

と書けば

となる。

実際に とかを求めるには、やはり固有値問題をとくことになる。 Lynden-Bell & Eggleton は実際にといて、

という答を得た。

4.5 ガスとN体の違い

実は、このあたりの進化、すなわち重力熱力学的不安定や自己相似解について は、ガス近似、フォッカー・プランク近似を使って分布関数の進化を数値計算 する方法、N体計算の間の一致は素晴らしくよい。これが何故かというのは 本当にわかってるのかといわれると困るようなものだが。

ガスではうまく表現出来なくなるのは、質量分布がある場合、非等方性 が発達する場合等である。

4.6 自己相似解の後の進化

さて、自己相似解は、ある時刻 で密度が無限大になる。これを collapse と呼んでいる。実際にそんなことが起きるのか、また、そのあとは どうなるのかというのは現実的には重要な問題である。というのは、多くの球 状星団、あるいは小さな銀河では、タイムスケールを見積もるとすでに collapse しているはずだからである。

その後どうなるかについては、いろんな可能性が考えられた。特に、これによっ てブラックホールを作るというアイディアはそれなりに真剣に検討されたし、 まだ完全に見捨てられたわけではない。特にできたばかりの若い星団を考える と、現在の球状星団には存在しない大質量の星がある。緩和時間は質量に反比 例するので、こういった系では進化が速いし、大質量星は dynamical friction によって中心に沈むのでさらに進化が速くなる。この場合には暴走 的に合体が進んでブラックホールができる可能性があることが最近の研究では 示唆されている。[PMMH99]

しかし、現在のところ、典型的な球状星団や銀河では、ブラックホールが出来るという のはありそうにないとされている。コアが十分に小さくなると、エネルギー供 給源が出来るからである。

ここでのエネルギー供給の元は連星である。仮に星団があらかじめ連星 をもっていなかったとしても、コアが十分に小さくなると、そのなかで3 体相互作用で連星ができるようになる。これは基本的には星のなかで温 度、密度が上がると核融合が始まるというのと変わるところはない。た だし、量子力学的な効果やポテンシャル障壁はないので、連星の出来や すさは密度と温度(平均速度)の関係だけで決まる。

連星によるエネルギー供給が始まると、コアの収縮は止まる。熱源として 連星を考えた計算を初めて行なったのはエノン [Hen75]gif であ り、1982年ころまでにいくつかそのような計算が行なわれた。それらで は、コアからの熱伝導による熱の流出と連星からのエネルギー入力がバ ランスし、系全体がホモロガスな膨張をするという結果が得られていた。

しかし、 1983 年になって、 杉本とベトウィーザー [SB83]は、実はこのホモロガスな膨張解も熱力学的に不安 定であるという発見をした。そのあと数年に渡る論争があったが、1985 年には他のグループによるガスモデル計算、1986年には FP計算でも振動 が確認された。実際に粒子系でそんなものが起きるかどうかにはさらに 議論があったが、1995年になってN体数値計算でも確かに振動が起きる ということが見い出された[Mak97]。図5に結果を示す。縦軸は中心密度 である。粒子数が違う計算結果は適当に縦にずらしてある。横方向は、緩和時 間がほぼ等しくなるようにスケールした時間である。

粒子数が小さいものではよくわからないが、大粒子数の計算では大振 幅の非線形振動がおきているのがはっきりわかる。

  
図 5: 重力熱力学的振動

4.7 現実的な系

前節で見たように、極めて単純な自己重力系、すなわち、同じ重さの質点がおお むね球状に集まっている系については、その熱力学的な進化の過程がどんなもの かというのはほぼ明らかになったと考えてよい。しかし、実際の天体現象を考 えると、

と、いろんなことがあるわけである。これらの効果を見ていくためには、前節 で得られたような基本的な描像を手がかりとしつつ、現実的な効果を採り入れ た数値計算によって調べていくということになる。

というわけで、ここから数値計算の方法についての話にしたい。



Jun Makino
Sat Feb 24 22:13:53 JST 2001