研究者コミュニティの内部では、ある研究グループ(ないしは学派)が その分野の発展に大きく寄与したと広く認められていることがしばしば である。たとえば日本の基礎物理学における仁科のグループ、あるいは 海外に例をとればN. ボーアのグループ、加速器科学における E.O. ロー レンスに率いられたグループなどたくさんの例をあげることができよう。 この論文は、特に理論科学の分野において、研究者、あるいは研究グルー プが、上のような「その分野の発展に寄与したと広く認められる」とい う意味での「優秀さ」がどのような要因に基づいて決定されるかを明ら かにすることを目的とする。
何によって「優秀さ」が決まるかということを問題にするためには、優 秀であるとはどういうことかを明確にしておく必要がある。科学という システムのダイナミクスを考える上では、ある研究主体の「優秀さ」と いうものは、科学というシステムの発展にどれだけの貢献をなしたかと いう観点から計ることができよう。もちろん、これでは問題を言い替え たにすぎない。科学の発展に貢献するというのはどういうことを意味す るのだろうか。この問いは「科学の発展とは何か」という問いを含んだ ものでもある。
従来の scientometrics 的な研究では、とりあえず測定できるものを測 定して出てきたものについて議論するというかなり操作主義的な方法論 がとられてきた。容易に測定可能な定量的な尺度、特に発表された論文 の数は、科学者、研究グループ、分野全体、科学研究全体についてその 生産性をあらわす指標として広く用いられている。
これには数多くの批判があることはいうまでもない。もっとも大きな批 判は、優れた論文1本が与える影響はありきたりの論文を数多くあわせた よりも多いというものである。つまり、論文の質のバラツキは非常に大 きい。従って、論文の「質」をも考慮にいれた指標でなければ、生産性の指 標としてはほとんど役にたたないものになってしまう。
論文の「質」を定量的に表す試みはもちろん行われていないわけではな い。その代表的なものはGarfield[1] による引用度分 析である。引用度分析の基本的な仮定は、論文の質がその論文が何回他 の論文から引用されているかによって表されるというものである。引用 度による評価は、単に論文の数だけをみるのに比べてよりよい尺度になっ ていると考えられる。de Solla Price[2] らによる一連の 研究では、さらに論文間の引用ネットワークのダイナミクスを解析し、 論文が論文を再生産する過程を明らかにしている。
このアプローチにも、もちろん批判がないわけではない。まず、原理的 に引用度が何を表しているか明らかでないという問題がある。もちろん 論文の質も影響はするであろう。しかし、それ以外にも多くの要因、例 えば著者のそれまでの評判、出身大学や現在の所属といったものにも影 響されるであろう。また、大きな研究グループの属している研究者の論 文は研究グループ内での相互引用によって引用度があがるであろう。
この研究では、以上の議論をもとに、研究グループの「優秀さ」を測る 指標をさぐることを目的としている。このことは、論文の量だけでなく、 「質」をどうとらえるかということもふくんでいる。具体的には、論文 数、引用度といった従来の指標のほかにいくつかの質をあらわすと考え られる測定値をとり、それらの相互関係をさぐる。かつそれらと研究コ ミュニティの中での評価との関係を調べ、研究グループの優秀さを測る 指標をさぐる。この過程で、研究グループとの優秀さや生産性とは何か、 あるいはもっと広く、科学の発展に寄与するとはどういうことか、とい う問いへの1つの解答を得ることが可能になるだろう。
このために、第二次世界大戦後の日本の理論天体物理学を代表する2つの 研究グループを定量的に比較した。具体的には、京都大学物理学第二教 室の林忠四郎を中心とするグループ(以下、グループAとする)と、東京大 学天文学教室の海野和三郎を中心とするグループ(以下、グループBとす る)について、さまざまな定量的尺度やその時間変化の測定を行い、量 的な指標が研究者コミュニティ内での評価とどのように対応するかを検 討した。
論文数と同様、研究者コミュニティの中の評判、あるいは賞の数という ものもその生産性との関係は明らかではない。この研究では、しかし、 ここでは、とりあえずこれらが研究者の生産性、というよりはむしろ科 学への貢献の度合そのものをあらわしていると仮定することにする。
得られた主な結論は以下の通りである。まず、研究者集団の中での研究 グループに対する評価は、たとえば論文生産数、あるいは論文の被引用 度といった通常のマクロ研究で用いられる指標による評価と必ずしも一 致するものではないということが明らかになった。すなわち、2つのグルー プ間で定量的尺度で測定した「優秀さ」に有意な違いを認めることがで きなかった。かろうじて、被引用度の非常に高い論文について はある程度の差を認めることができた。しかし、それほど大きな差では なかった。この結果は、研究コミュニティのなかでの評価が意味がない ものであるというよりは、数値化された尺度が研究コミュニティのなか での評価をとらえきれていないと解釈するべきであろう。「優秀さ」の より現実的な意味をさぐるために、我々はグループ間で研究者の 「守備範囲」の広さを比較した。どちらのグループでも、個人の守備範 囲の広さとその論文生産性には顕著な相関が見られた。しかし、グルー プ間で平均の守備範囲に大きな違いがあることが明らかになった。我々 が扱った2グループの場合、この、守備範囲の違いは研究者が新しい分野 を開拓した程度の差に基づくものと考えられる。これは、研究コミュニ ティのなかでの評価は、単なる論文数ではなく、どの程度科学の発展に 寄与したかの現実的な評価に基づくものであることを示唆する。
この論文の構成は以下の通りである。まず、2節で行なった調査の対象、 方法についてまとめる。3節では得られた結果についてまとめる。4節は 考察にあてる。