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2 2体緩和のタイムスケール

「タイムスケール」というのは、普通ある量 $x$ の時間変化が

\begin{displaymath}
{dx \over dt} = (-) {x \over T}
\end{displaymath} (29)

なる形で書ける時の $T$ のことである。もちろん、一般には$T$$x$を含む いろんなものの関数である。

そういった意味で考えやすいのは、温度(平均運動エネルギ)が違う2つの空間一様な 分布が重なりあっている時に、どのようにして2つが近付いていくかというの ものである。これは、もちろん時間が立てば熱平衡に近付くわけである。以下、 実際に計算してみる。

2.1 等分配のタイムスケール:理論

今、フィールドに質量 $m_f$の粒子が一様に分布しており、テスト粒子として質量 $m_t$のものがこれもまた一様に分布しているとする。さらに、どちらも速度 分布はマックスウェルで与えられるとする。ここでは等分配を考えるので、そ れぞれの粒子1個当たりのエネルギーを $E_f$, $E_t$ と書く。今、テスト粒 子のエネルギー変化の平均を考えると、


\begin{displaymath}
{d<E_t> \over dt} = 4\pi \int v_t^2f(v_t)<\Delta E_t>dv_t
\end{displaymath} (30)

と書けることになる。これに前回求めた $<\Delta E>$ を入れて実際に積分を 実行することができて、結果は


\begin{displaymath}
{d<E_t> \over dt} = 2 \sqrt{6/\pi} {m_t n_f \Gamma \over m_f}
{<E_f> - <E_t> \over (v_t^2 + v_f^2)^{3/2}}
\end{displaymath} (31)

となる。

ここで、いくつかの極限的な場合を考えておくことは有益であろう。まず、 $m_t >> m_f$$v_t \sim v_f$ という状況を考えてみる。これはつまり非常 に重いものと軽いものが、同じような空間分布、速度分布で広がっている場合 である。この時は上の式で $E_t >> E_f$ なので、

\begin{displaymath}
{d\log <E_t> \over dt} = -\sqrt{3/\pi} {m_t n_f \Gamma \over m_f v^3}
\end{displaymath} (32)

となる。なお、この時、変化率はテスト粒子の速度に分母の $v_t^2$ を通し てしか依存しないので、 $v_t\rightarrow 0$ の極限でエネルギー変化(減 速)のタイムスケールは一定値にいき、それは $v_t \sim v_f$ の時の値とそ れほど違わない。

次に、$m_t \sim m_f$$v_t << v_f$という状況を考えてみる。この時は上 の式を

\begin{displaymath}
{d(<E_t>/m_t) \over dt} = 2 \sqrt{6/\pi} { n_f \Gamma \over ...
...2 v_f^{3}} =8 \sqrt{6\pi}G^2\ln \Lambda n_f m_f <E_f> v_f^{-3}
\end{displaymath} (33)

となる。 ここで
\begin{displaymath}
\Gamma = 4\pi G^2 m_f^2 \ln \Lambda
\end{displaymath} (34)

を使った。 さらに、 $E_t = m_tv_t^2/2$ などを使って書き直せば
\begin{displaymath}
{d(v_t^2) \over dt} =4 \sqrt{6\pi}G^2\ln \Lambda n_f m_f^2 v_f^{-1}
\end{displaymath} (35)

を得る。つまり、速度が小さい極限では、一定の率でエネルギーをもらうわけ である。言いかえれば、温度が2倍になるタイムスケールというものは、温度 に比例して小さくなるともいえる。

さて、通常「2体緩和のタイムスケール」という時には何を指してい るかというと、この等分配のタイムスケールのことではないのが普通である。 が、時と場合によっていろんなものが出てくるが、まあ同じようなものである。 普通に使われるのは、

\begin{displaymath}
t_r = {1 \over 3} {v_m^2 \over <v_{平行}^2>_{v = v_m}} =
{v...
...\over 1.22 n\Gamma} = {0.065 v_m^3 \over nm^2G^2 \log \Lambda}
\end{displaymath} (36)

とするものである。 ここで $v_m$はr.m.s. 速度である。$1/3$になにか意味があるわけではなく、 こう定義したというだけである。

これは、ローカルな量で定義されていて、例えば系全体の緩和時間といったも のを考えるのにはちょっと不便なこともある。というわけで、いわゆる half-mass relaxation time $t_{rh}$ というものを導入しておく。これは、 半径$r_h$ の中に質量の 1/2があるとして、その中の密度は一様であるとし、 また前にやったようにビリアル定理から $T \sim 0.2 GM^2/r_h$といった関係 を使えばでてくる。これは

\begin{displaymath}
t_{rh} = 0.138 {Nr_h^{3/2} \over M^{1/2} G^{1/2}\log \Lambda}
\end{displaymath} (37)

となる。

ここで注意しないといけないことは、 $t_{rh}$はあくまでも球対称に近い系の half mass radius のあたりでの緩和時間であるに過ぎないということである。従って、 球状星団全体の緩和時間とか、あるいは楕円銀河、銀河団といったものには有 効な概念であるが、球対称から大きくずれた銀河とか、あるいは half mass radiusのずっと外側、ずっと内側では全く違ったものになっていることに注意 する必要がある。さらに、速度分布が非等方であるとか、回転がメインである とかでもまた話が全く変わってくる。このような場合、ローカルな緩 和時間、あるいはエネルギー変化自体の式に戻って考えないと、タイムスケー ルについて全く間違った推定をしてしまうことになる。

これがもっともクリティカルに効いて来るのは、実際の天体においてというよ りはむしろシミュレーションにおいてである。これについては後で具体例で議 論しよう。

2.2 等分配のタイムスケール:実験

さて、実際に数値実験でエネルギー等分配に近付く過程を見て、これまで理論 的に考えてきたもの、特に積分の上限がどうなっているかみようというわけだ が、これはそれほど簡単ではない。というのは、「空間分布が無限一様」とか 「等温」とかいう初期条件が設定できないためである。

一例として、 Farouki and Salpeter (1982 APJ 253, 512, 1994 APJ 427, 676)の実験を取り上げてみる。彼らは、実際に2種類の違う質量の粒子からなる、 初期に力学平衡にある系を考えた。初期には単位質量あたりの運動エネルギー が同じであるようにした(つまり、空間分布、速度分布ともに同じということ)。 したがって、重い方が熱平衡に比べて余計に運動エネルギーを持っていること になる。

正確にいうと、実際に力学平衡にある系を作ったわけではなく、適当に球とか 立方体のなかに一様に粒子をばらまいて、落ちつくまで待ってから使うという方法を とっている。速度は、全体としてビリアル平衡になるようにマックスウェル分 布を与えた。

さて、この系を進化させると何が起こるかをまず考えてみる。重い方の温度が 高いので、平均的には重い方から軽い方にエネルギーが流れるであろう。しか し、その結果温度が近付くであろうか?これはとりあえず何ともいえない。と いうのは、ポテンシャルが一様ではないのでエネルギーの変化は粒子の速度分 布だけでなく密度分布、すなわち粒子の位置と重力エネルギにも影響するから である。エネルギーの変化が温度にどう影響するかは、もともとの粒子の分布 にも依存するわけである。

さらにややこしいことに、 $\log \Lambda$ がなんであるかという問題もある。 通常、$N$体計算においては、2粒子間の重力ポテンシャル $\phi_{ij}= -Gm_i
m_j /r_{ij}$をそのまま使わないで、典型的には

\begin{displaymath}
\phi_{ij} = -G{ m_i m_j \over {r_{ij}^2 + \epsilon^2}}
\end{displaymath} (38)

という形に「ソフトニング」したものを使う。これは、数値計算上の困難を避 けるのが第一義的な理由である。つまり、純粋な $1/r$ポテンシャルを使うと、 2つの粒子が無限に近付き得る。無限に近付くこと自体は問題ではないが、こ の時速度と重力エネルギーも無限大になる。従って、非常に高い精度で計算し ても、エネルギーの誤差が非常に大きくなってしまう。

もちろん、近付いたら解析解に切替える、あるいは摂動法にする、または座標 変換をして特異性を消すといった方法があるが、どれもかなり面倒である。そ こで、多くの数値実験で、ポテンシャルをすこし変えて原点で発散しないよう にする。この場合、インパクトパラメータが $\epsilon$ よりも小さい時には ほとんど曲がらなくなるので、速度変化の積分の下のほうを修正する必要が起 きる。大雑把にいって $p<\epsilon$ の寄与を無視すればよいことになる。

1に典型的な結果を示す。Farouki and Salpeter では、温度と かエネルギー変化を直接測定するのは断念し、その代わりに軽い粒子の half mass radius をとった。彼らは緩和時間として

\begin{displaymath}
T_R = {R_0 \over dR/dt}
\end{displaymath} (39)

つまり、半径の変化のタイムスケールをもって緩和時間であるとした。これは もちろん定数を別にすれば上で考えた定義と一致するものになっている。

図 1: 緩和過程
\begin{figure}\begin{center}
\leavevmode
\epsfxsize =8cm
\epsffile{Farouki1994fig1.ps}\end{center}\end{figure}

この結果から、彼らは $\log \Lambda$ と粒子数 $N$ について図2のような 関係を得た

図: $\log \Lambda$ と粒子数 $N$
\begin{figure}\begin{center}
\leavevmode
\epsfxsize =8cm
\epsffile{Farouki1994fig4.ps}\end{center}\end{figure}

上と下は $\epsilon$ の大きさが違い、上は$R/N$の程度、下は$R/N^{1/3}$の 程度である。ここで$F$は緩和時間を

\begin{displaymath}
t_{rh} = F {N \over 26\log \Lambda} t_d
\end{displaymath} (40)

と書くことにしたために出てくる定数である。26という定数は、前に出てきた $t_{rh}$$t_d$ を使って書き直したので、定数の $0.138$が違う値になっ ているだけのものである。

彼らの主な主張は、「この振舞いは上のカットオフがシステムサイズであると いう理論と一致している」というものである。それはまあかなり確かといって もよいと思われる。が、 $F$の値を推定すると 10 程度になり、かなり大き過 ぎるものになっている。これは、定義の違いもあるので評価はちょっと難しい。

もうちょっと良くあっている例を紹介しておこう。

図 3: 2体緩和による系の構造進化
\begin{figure}\begin{center}
\leavevmode
\epsfxsize =8cm
\epsffile{SpurzemTakahashi1995fig5.ps}\end{center}\end{figure}

3は Spurzem and Takahashi (1995, MNRAS 272, 772) によるものである。 ここでは、緩和時間といった定義のはっきりしないものを比べているのではな く、系の構造そのものの変化を、$N$体計算の結果とモーメント方程式から導 いた(球対称、等方の)フォッカー・プランク方程式の数値解とで比べている。 結果の一致は素晴らしいものである。


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Jun Makino 平成21年6月15日