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2 自己重力多体系とは?

まず、一体どんなものを考えるかということだが、基本的には例えば銀河とか 星団といった、多数の恒星が集まってできている系を考える。こういったもの は天文学の対象としてはごく一般的なものであるといえる。恒星は見える宇宙 の主な構成要素であるgifが、これ は宇宙に一様に分布しているわけではなく、小さいところでは銀河星団(散開 星団ともいう、例えばプレアデスやヒアデス)、球状星団、さまざまな大きさ の銀河、銀河が集まってできる銀河群や銀河団、それ以上の大きさの宇宙の大 規模構造といった、多様なスケールでの構造をもっている。

このように多様なスケールでの構造を持つこと自体が、自己重力系としての我々 の宇宙を特徴づける基本的な性質であるということもできよう。それでは、な ぜそのような多様な構造が存在するのだろうか?

星団、銀河などを、恒星が多数集まっている系として見れば、これはスケール が非常に違うとはいえ分子が多数集まってできている普通のバルクな物質と変 わるところはないはずである。つまり、例えば統計力学で記述でき そうな気がする。

2.1 「統計力学的」アプローチ

この原稿は物性若手夏の学校用ということなので、まず、統計力学的な 扱いという方向から考えてみる。現実の系では星は一つ一つ個性があり、例 えば質量も違うわけだが、まずはそういうことは深く考えないで星はみな同じ 質量 m を持ち、それが N 個あるということにする。

自己重力系は、そのようなN 個の星(以下、「粒子」と書くこともある)が、 自分自身が作る重力場の中で運動しているような系である。

さて、統計力学を適用しようというわけだが、すぐに困るのは、実は自己重力 系には熱平衡状態がない、つまり、エントロピーが極大値をとる分布というも のが存在しないということである。

これはいろんな方法で示すことができるが、例えば以下のようないい方ができ る。

熱平衡であるためには、(古典統計なので)速度分布関数はマックスウェル・ ボルツマンでないといけない。しかし、これは不可能である。というのは、マッ クスウェル分布では速度分布は速度無限大まで広がる(指数関数的におちはす るが)テイルをもつが、自己重力系では、エネルギーがある値(具体的には、 無限遠でのポテンシャルエネルギーの値。普通はこれをゼロ点にとる)以上の ものは系から脱出して無限遠に消えていってしまうからである。

この一つの例が3体問題である。粒子3個を適当な初期状態において、全系のエ ネルギー(重力のポテンシャルエネルギーと各粒子の運動エネルギーの和)が 負になるようにしておくと、しばらくの間は3つがそれぞれお互いの回りを動 くような状態が続く。しかし、ほとんどすべての場合にこの状態は不安定であ り、粒子のうちの2つが強く結合した状態になり3つめがその反作用ではね飛ば されるという現象が起きる。こうなると、はね飛ばされた粒子はもちろんもう なにもしないし、2体の系というのはケプラー軌道でこれは無限に安定なので、 これは一つの「最終状態」ではある。

もっと粒子数が多い系でも、本質的には似たようなことが起きる。つまり、そ のなかでの粒子同士の散乱の結果、高エネルギーの粒子が作られるとそれは系 から逃げていってしまうのである。

2.2 自己重力系の熱平衡状態

そういうわけで、統計力学から極めて一般的にいえることは、「自己重力系は、 十分長い時間が立てば蒸発してしまう」ということである。しかし、これは確 かにその通りではあるものの、あまりものの役には立たない。ほとんど の系で、熱力学的な進化のみによって蒸発が起きるタイムスケールは宇宙年齢 よりもはるかに長いからである。大体、我々が(これを読んでいるあなたが知 りたいかどうかとりあえずおいておくとして)知りたいのは、銀河や星団ではどのようなメカニズムでその形 やその中の星の分布が決まっているかということであるから、「いつかはなく なる」といわれてもあんまり嬉しくない。

というわけで、統計力学的な扱いをもう少し意味があるところまで進めようと 思うと、2つの方法が考えられる(他もあるかもしれないけど、あまり調べら れていないと思う)。一つは、系の次元を落すことである。粒子が無限遠に逃 げてしまうという問題は、空間を1次元にすれば回避できる。というのは、1次 元での重力の大きさは距離に依存しない定数であるので、無限遠ではポテンシャ ルも無限大になるからである。

そういうわけで、一次元系を調べようという話はいろいろあるが、とりあ えずこのノートではこれについては触れない。というのは、空間を1次元化し たことで、例えば散逸をともなう構造形成が起きることといった自己重力系の 興味深い性質のほとんどが失われてしまうからである。そういうわけで、一次 元重力系はそれ自体として興味深い対象ではあるが、あんまり現実の天体とは 関係がない。

もう一つの方法は、壁をつけてしまうことということになる。簡単のために壁 は球対称とする。こうしておくと、平衡状態があれば球対称なので算数が簡単 になって具合がよろしい。

2.3 無衝突ボルツマン方程式

平衡状態は何かとかいう議論をする前に、支配方程式を決めないと話にならな い。そこで、無衝突ボルツマン方程式を導入しておく。いま、粒子数が無限 に多い極限を考えると、位相空間での(一体)分布関数 は以下の無衝突ボ ルツマン方程式に従う。

 

ここで は重力ポテンシャ ルであり以下のポアソン方程式の解として与えられる。

 

ここで、 G は重力定数であり、 は空間での質量密度

である。

これは、通常のボルツマン方程式と同じであるが、特徴的なのは衝突項がない ことである。後で説明するが、自己重力多体系の場合、粒子数無限大の極限で は重力場が滑らかになって衝突項が消える。

もちろん、この衝突項が系の熱平衡に向かう進化を起こすものなので、これを 無視しては本当は話にならないが、まあ、ちょっと我慢してほしい。

まず、力学平衡という概念を導入しておこう。これは、(衝突項を無視すると いう近似のもとで)、分布関数が時間的に定常であるということである。その ための条件を示すのがジーンズの定理で、これは、

分布関数が定常であるための必要十分条件は、分布関数が運動の積分の関数と して書けることである。

というものである。証明はまっとうな教科書[BT87]か僕の講義ノート[Ma97]でも見てもらう として、話を進める。

2.4 熱平衡分布

球対称としたので、運動の積分はエネルギーEと全角運動量Jの2つだけと いうことになる。さらに熱平衡を仮定すると、速度分布がマックスウェル分布 でないといけないことがわかる。さて、ここで、上のジーンズの定理から直ち に導かれることは、系全体の分布を記述する分布関数がエネルギーだけに依存 し、これ がマックスウェル分布

に従うということである。ここで は以下のように定義される。

は定数で、普通はf > 0, f = 0 となるようにとる。

これを解くための標準的な方法は、分布関数fを速度空間で積分して密度 をポテンシャルの関数として表すことである。この時に誤差関数についての

を使うと、

ポアソン方程式にこれを入れると

従って、

後はこれを数値的に解くわけだが、まず、一つ特別な解があるということを指 摘しておく

は、上の方程式を満たし、解の一つとなっている。これを singular isothermal sphere と呼ぶ。 特別ではない解は、中心密度を有限にして中心から外側に向かって解いていけ ばいい。この時でも、 の極限では singular isothermal に近付く。従って、 self-consisitent な解というのは所詮存在 しなくて、初めに書いたように壁をつけないと意味がある解にはならない。

なお、熱平衡であるということは、実は自己重力的な流体(衝突項が大きいも の)と自己重力多体系で分布関数が同じであるということである。念のため、 以下、自己重力流体について方程式を導いておく。 静水圧平衡の式は

である。状態方程式に等温の

を使ってPを消して、さらに を微分してみれば、

要するに、上と同じ方程式が出てくる。

もちろん、これは「熱平衡」という極めて強い条件を課したからで、非平衡状 態を考えると自己重力流体では局所的に分布関数がボルツマン分布になるのに 対し、自己重力多体系ではジーンズの定理から常に分布関数はグローバルなも のであり、しかもそれは必ずボルツマン分布とは違っているわけである。

2.5 熱平衡分布の熱力学的安定性

若干前置きが長くなったが、壁が断熱壁であるとしてこの熱平衡解の振舞いが どんなものかもう少し考えてみる。上の解き方では、中心での密度、温度を与 えて外に向かって解いていって、適当なところで打ち切った(そこに壁がある とした)わけだが、何が起きるかという観点からは壁の半径 R、中の物質の 総質量Mを固定し、全系のエネルギーE を変化させて対応する解がどうな るか調べるというのがわかりやすいであろう。で、後ですぐに明らかになる理 由から、E ではなく中心での密度 と壁のところでの密度 の比 をパラメータにとることにする。重力が ある分中心密度が高いわけで、 D の値は重力の効き方の程度に対応してい る。R, M を固定した時には、D=1 の極限は に対応する。重力のポテンシャルエネルギーは の程度の大きさであ るからである。

さて、では D をどんどん大きくしていくとエネルギーはどうなるかという わけだが、結果だけを書くと、エネルギーはD のある値 (数値的には 709くらい)で極小になる。そのあとは振動的に での値 に近付く。

ここでチャンドラセカール大先生による linear series analysis を適用する なら、この D=709 から先は熱力学的に不安定ということになる。しかし、こ れでは不安定といってもどんなものかというのは良くわからない。不安定モー ドがどんなものかというのを初めて具体的に示したのは、Hachisu & Sugimoto [HS78]である。といっても、実は彼らが調べたのは自己重力多体 系ではなく流体の場合である。というのは、流体だと上に述べたように局所熱 平衡で議論して良くなって、熱力学的な量を使って安定性を議論することが容 易になるからである。

等温状態なのでエントロピーは通常ならば極大値である。これは、任意のエン トロピーの再分配に対して、となっているとい うことを意味する。

熱をちょっとどこかからとって別のところに与えると、それによる温 度変化を考えなければ(一次の変分)エントロピーは変わらない。また、温度 変化を考えると(二次の変分)、普通は熱をもらった方は温度が上がっているのでも らうエントロピーは少なく、出したほうは逆に温度が下がるので出ていくエン トロピーが多い、従って、系全体としては普通は摂動を与えるとエントロピー が減る、すなわち、平衡状態はエントロピー極大に相当している。

以上から、もし、熱を取り去った時に温度が上がるようなことがあればエント ロピー極大ではないかもしれないということが想像できよう。もちろん、常識 的な熱力学の対象ではそんなことはあり得ないわけだが、自己重力系ではそう ではない。

Hachisu & Sugimoto の方法では、摂動に対してを求め、その符 号から安定か不安定かを決めている。この方法では、もちろん、熱力学的に安 定かどうかをきめることは出来るが、不安定性がどのように発展するかを調べ ることはできない。というのは、そのためには熱伝導の式もカップルさせて線 形応答を求めないといけないのに、そのような解析は行なっていないからであ る。というわけで、しばらく前にそういう解析をやってみた[MH91] ので、以下はその結果を使う。

熱伝導の式は

と書ける。ここで、 は半径 rのところでの熱流束であり、 K は熱 伝導の係数である。Kは温度、密度の関数だが、ここでは等温に近いので密 度だけの関数として

という形を仮定する。放射伝達であれば である。

ここで細かい話は省くが、自己重力質点系の場合は、密度が高いほうが熱平衡 に達するタイムスケールが短い。このことを熱伝導係数でむりやりに表現すると、となる。

エントロピーについての式は

で与えられ、境界条件は

ということになる。以下、式の細かいところを見たい人は原論文に当たっても らうとして、結果だけ書く。

1に示すのは第一固有値 (ここではすべての固有値が負なので、最も0に近いもの)に対応する固有関 数である。

  
図 1: 安定領域の応答

ここで、 Dは中心の密度と壁のすぐ内側での密度の比である。D=1という のは、温度が無限に高くて重力エネルギーが相対的に小さい極限である。これ に対し、 は singular isothermal に対応する。

は、要するに重力が無視できる場合である。この時はもちろん応答 はベッセル関数かなにかで書ける。注意して欲しいことは、圧力の変化がない こと、エントロピーと温度がちゃんと比例関係にあることである。重力が無視 できるので普通の振舞いをしているわけである。つまり、密度、温度の変化が 圧力変化がなくなるように働く。これは、静水圧平衡を保つためである。

なお、ここでは、中心から熱を奪って外に与えるようなものを考えているが、 その逆も固有関数であることに注意してほしい。これは、線形化した方程式の 解だからである。

さて、少し中心密度を上げると、摂動に対する圧力の応答が変わって、中心で 圧力が上がるようになる。これは、熱を奪われることに応答して縮むと、重力 も強くなるので、つじつまをあわせるにはもうすこし縮んで圧力を上げる必要 が起きるからである。このために、温度の応答は与えたエントロピーからはず れてくる。もっとどんどん温度をさげて、Dを大きくすると、ついには、熱 を奪ったにもかかわらず、温度が中心でも上昇するようになる。

もちろん、この解は負の固有値に対応するものであり、いぜんとして安定であ る。それは、温度勾配としては依然として中心に向かって下がっていて、ちゃ んとエントロピー変化を打ち消す向きに熱がながれるからである。

2.6 中立安定

さて、もっと Dを大きくすると、ついには固有値が 0、すなわち与えられ た摂動が減衰しなくなる。この状況を図2に示す。

  
図 2: 中立応答

与えられた摂動が減衰しないということは、温度勾配ができないということで ある。実際、応答は が定数になっている。

2.7 重力熱力学的不安定

さらにもっと温度を下げ、 Dを大きくすると、ついには固有値が正になる。 図3にいくつかの例を示す

  
図 3: 不安定応答

どの場合でも中心でエントロピーが減っているのに温 度が大きく上がり、それが外側の温度上昇を追い越している。その結果中心か ら外に向かう熱流ができるのである。

なお、ちょっと注意して欲しいのは、 の値によって応答が大きく違 うことである。Dが同じ時、の方がに比べて中心に集 まったような応答になっている。これは、熱伝導が密度の高いところで速いた めと考えて良い。

2.8 有限振幅での進化

さて、このあとどうなるかということを調べるためには、数値計算をする必要 がある。 Hachisu et al. [HN78] は、自己重力流体についてそのよう な数値計算を行なった。

結果の詳細は省くが、重要なことは、中心から熱をとったときに「自己相似解」 が現れる場合があるということである。

中心に熱を与えると、中心は温度を下げつつ膨張する。このときは、結局最終 的には安定平衡にいってしまうことになる。しかし、中心から熱をとったとき にはどこかいき先があるわけではない。

この後の進化は、熱伝導のタイムスケールによる。密度が上がるとタイムスケー ルが長くなるような場合には、大雑把にいってかなり大きなものが全体として 収縮していく。

これに対し、恒星系に対応する場合では、密度が上がるとタイムスケー ルが短くなる。この時は、密度の高い「コア」が出来、それがどんどん収縮を 続けるということになる。これに関する詳細な解析は Lynden-Bell & Eggleton [LE80] に与えられているので、以下考え方だけを示 す。

自己相似解というのは、ある物理量 y

と書けるようなものである。さらに、 が時間のベキで書ける (これは数値計算の結果がそうなっている)とすれば、

とか

と書け、結局

という関係が出てくる。

自己相似解ということで、いろんな無次元量は一定と考えられる。特に、今コ アというものを考えて、その半径を とすれば

ここで

と書けば

となる。

実際に とかを求めるには、やはり固有値問題をとくことになる。 Lynden-Bell & Eggleton は実際にといて、

という答を得た。

2.9 ガスとN体の違い

実は、このあたりの進化、すなわち重力熱力学的不安定や自己相似解について は、ガス近似、フォッカー・プランク近似を使って分布関数の進化を数値計算 する方法、N体計算の間の一致は素晴らしくよい。これが何故かというのは 本当にわかってるのかといわれると困るようなものだが。

ガスではうまく 表現出来なくなるのは、質量分布がある場合、非等方性が発達する場合等であ る。

2.10 自己相似解の後の進化

さて、自己相似解は、ある時刻 で密度が無限大になる。これを collapse と呼んでいる。実際にそんなことが起きるのか、また、そのあとは どうなるのかというのは現実的には重要な問題である。というのは、多くの球 状星団、あるいは小さな銀河では、タイムスケールを見積もるとすでに collapse しているはずだからである。

その後どうなるかについては、いろんな可能性が考えられた。特に、これによっ てブラックホールを作るというアイディアはそれなりに真剣に検討されたし、 まだ完全に見捨てられたわけではない。

しかし、現在のところ、典型的な球状星団や銀河では、ブラックホールが出来るという のはありそうにないとされている。コアが十分に小さくなると、エネルギー供 給源が出来るからである。

ここでのエネルギー供給の元は連星である。仮に星団があらかじめ連星をもっ ていなかったとしても、コアが十分に小さくなると、そのなかで3体相互作用 で連星ができるようになる。これは基本的には星のなかで温度、密度が上がる と核融合が始まるというのと変わるところはない。ただし、量子力学的な効果 やポテンシャル障壁 はないので、連星の出来やすさは密度と温度(平均速度)の関係だけで決まる。

連星によるエネルギー供給が入ると、コアの収縮は止まる。熱源として連星を 考えた計算を始めて行なったのは Henon [Hen75] であり、1982年ころまでにい くつかそのような計算が行なわれた。それらでは、コアからの熱伝導による熱 の流出と連星からのエネルギー入力がバランスし、系全体がホモロガスな膨張 をするという結果が得られていた。

しかし、 1983 年になって、 Sugimoto & Bettwieser [SB83]は、実はこのホモロガスな膨張 解も熱力学的に不安定であるという発見をした。そのあと数年に渡る論争があっ たが、1985 年には他のグループによるガスモデル計算、1986年には FP計算で も振動が確認された。実際に粒子系でそんなものが起きるかどうかにはさらに 議論があったが、1995年になってN体数値計算でも確かに振動が起きるとい うことが見い出された。

  
図 4: 重力熱力学的振動



Jun Makino
Thu Aug 3 19:31:42 JST 2000