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5 専用計算機 -- GRAPE の場合

さて、汎用の並列処理がなぜ大変かを原理に戻って考えてみると、こ れは結局汎用であるからである。ソフトウェア側からみると、 複数の演算器とメモリ があればその間で自由にデータがやりとりできないとプログラムを作るのが極 めて大変になる。が、ハードウェア側からみるとこれは非常に大変なことであ る。

使い方をあらかじめ決めてしまえば、汎用並列ハードウェアでの大変なところ をすべて避けて通ると同時に、ソフトウェア側の問題も汎用ハードウェアの場 合にくらべてずっと楽に対処出来る。基本的にデータフローに従って演算器を 配線でつなぐだけで話が終わり、複雑な制御回路等が一切不要になるからであ る。

基本的には上の考えにもとづいて、1989 年頃から我々は重力多体問題シミュ レーション専用計算機の開発を続けてきている。 (Sugimoto et al., 1990; Makino and Taiji1, 998)我々はこれに GRAPE (GRAvity piPE) という名前を付けた。これはパイプライン方式で重力を計算するということか らきている。

重力多体問題シミュレーションとは、星団や銀河のように多数の星がお互いの 重力で集まってできている系の時間発展を、運動方程式を直接数値積分して調 べる方法である。重力は距離の2乗でしか弱くならない遠距離力なので、普通 に計算すると粒子数の2乗に比例して計算量が増える。場合によっ てはツリー法や高速多重極展開法などで計算量を減らすことができ るが、これらの方法でも計算時間のほとんどを星同士の重力相互作用の計算が 占め、 重力相互作用の計算だけを高速化すればシミュレーショ ン全体を加速できる。

図 2: 上: GRAPE の基本構成。下: GRAPE パイプラインの基本構成。
\begin{figure}\begin{center}
\leavevmode
\epsfxsize 5 cm
\epsffile{basic_grape2.eps}\\
\epsfxsize 6 cm
\epsffile{grape1_pipeline.eps}\par\end{center}\end{figure}

2 に GRAPE の基本的な考え方とパイプラインの概念を示す。まず、重力 相互作用の計算だけを行うハードウェアと普通の計算機(ホスト計算機)をつな ぎ、相互作用の計算以外はホストにうけもたせる。相互作用の計算は、図にし めしたように演算のデータフローの順に演算器を並べたパイプラインで実行す る。 これにより、数十の演算器を並列に動作させる。多数のパイプラインを並列に動作させるのもそれほ ど難しくはない。元々の問題が多数の粒子から多数の粒子への力を計算すると いうもので、2重の並列性がある。従って、それらを生かすようにすればいい ことになる。

1989 年に最初に作った GRAPE-1 では、1本のパイプラインを約 100 個の IC, LSI を使って実現したが、1991 年に完成した GRAPE-3 ではカスタム LSI を 使ってパイプラインを実現し、さらに 1995 年の GRAPE-4 では、 2000個近く のパイプラインチップを使ってほぼ 1 Tflops のピーク性能を実現した。現在 開発の最終段階にある GRAPE-6 では、チップに複数のパイプラインを集積し、 さらに 動作速度も上げることで 64 Tflops のピーク性能を実現できる予定で ある(この原稿の執筆時で 32 Tflops のシステムが動作している)。GRAPE-6 で開発費は 5 億円であり、これは同等のピーク性能を持つ汎用計算機に比べ ると 100分の 1 以下になるであろう。専用化して1チップに多数の演算器を詰 め込むことでこれだけの性能向上が実現できるのである。

GRAPE の基本的なターゲットは天文シミュレーションであるが、多体シミュレー ションであれば同じ考え方で高速化できる。特に古典分子動力学シミュレーショ ンは力の関数形が多少違うだけであり、 GRAPE 以前に同様な試みがすでにい くつかある(Fine et al., 1991; Bakker and Bruin, 1988)。また、GRAPE から派生したプロジェ クトもいくつかあり、商業化してかなりの数が国内外の研究機関等で使われて いる。 (Toyoda et al., 1995; Narumi et al., 1999) GRAPE 自体も、 GRAPE-3 からは商 業版も作られており、ボード数で100以上が世界各地で使われている。

このように、多体シミュレーションに限っていえば、専用計算機の汎用計算機 に対する優越性は実証済みであるといって差し支えないと考える。



Jun Makino
平成14年6月13日