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4 中間質量ブラックホールの発見と新しいシナリオ

この状況を大きく変え、ブラックホール形成の研究を実証的なものにした、と いうにはまだ時期尚早であるだろうが、しかし少なくともそのような可能性を 開いたのは日本の研究グループによるスターバースト銀河 M82 における中間 質量ブラックホールの発見[5,7]である。以下では、筆者の個人的な視点から過去数年の動きを振り返りつつ、 我々のシナリオについてまとめたい。

4.1 M82 のスーパーバブル

M82 銀河の中心部で変なことが起きている[5]と最初 に聞いたのは、1999年の秋、天文学会の直前だった。野辺山宇宙電波観測所の 奥村さんからのメールである。

そこでの要点は、

  1. 松下さんが野辺山干渉計での観測で M82 の中心近くにスーパーバブル を発見した。その質量は $10^8$ ${\rm M_{\odot }}$くらい、年齢は $10^6$ 年くらいで ある。

  2. スーパーバブルの中心は、X線衛星 あすか で京都大学の鶴さんたち [8]が見つけた非常に弱い AGN (活動銀河核)と一致し ている。これはエディントン質量で 400 ${\rm M_{\odot }}$くらいである。

というものであった。M82 は、大量の恒星が次々に生まれる「スターバースト (爆発的星 生成) 現象」を起こしている。 スーパーバブルとは、スターバーストの結果狭い領域で 沢山の超新星爆発がほぼ同時に起こり、その結果一つ一つの超新星の周りにで きる膨張するガスの球殻が合体し、巨大なバブルになって広がって いくものである。このような場合には起きる超新星はほとんど II型と呼ばれ る大質量星の進化の最終段階で鉄のコアが重力崩壊するものだが、 膨張エネルギーは II 型超新星 $10^4$ 個分に達する莫大なものと いうことであった。

大量の超新星が最近起きたということと、大質量ブラックホールの存在を素直 に結びつけるには、超新星爆発のあとに残る中性子星、あるいは恒星質量ブラッ クホールが合体したと考えればいい[12]。奥村さんの質 問は、「そういう合体は起こり得るか?」というものだった。

そのような中性子星や恒星質量ブラックホールの合体は、まさにリースの第二 のシナリオであり、うまくいかないというのはすでに詳しく述べた通りである。 しかし、実際にブラックホールはできているし、大量の超新星爆発も起こった わけである。その 2 つが全く無関係な現象というのもありそうにない。とす れば、数百個の中性子星を一気に集めるというのではないにしても、とにかく 非常に若い星団のなかでブラックホールを作れないかという話になる。

4.2 合体不安定

実は、我々は 1998 年に、そういうことができるかもしれないという予測をし ていた。大マゼラン星雲に R136 という名前で知られる極めて明るい天体があ る。1990年代の高分解能での赤外線観測によってこれは実は非常に若い星団で あるということが明らかになった。この星団では、半径 0.2パーセク 程度と驚くほ ど狭い空間に $10^4$ ${\rm M_{\odot }}$を超える星が詰め込まれている。

このような星団では、先に述べた熱力学的な緩和時間が非常に短く、 $10^6$ 年程度になる。そのような極めて緩和時間が短い星団では、合体不安定と呼ば れるメカニズムで大質量星が形成される可能性がある。合体不安定とは、要す るに重い星ほど実効的な衝突断面積が大きいので衝突して重くなったものはま すます衝突しやすくなるというものである。特に緩和時間が短いと重い星は恒星系力学で力 学的摩擦と呼ばれている効果により密度の高い星団の中心部に沈むので、衝突確率はさらに大 きくなる。

力学的摩擦とはなにかを簡単に説明しておく。熱平衡ではエネルギー等分配が 成り立つはずなので、重いものは周りの軽い星に比べて統計的には小さな速度を もつことになる。いいかえれば、重い星にはその速度を小さくするような抵抗力 が働く。これが力学的摩擦である。自己重力系のなかではそれぞれ の天体はそのエネルギーと角運動量に応じた軌道を回っているわけで、力学的 摩擦によってエネルギーを失った星はより星団の中心近くを運動する軌道に移る、い いかえれば中心に沈んでいくことになる。このタイムスケールは重い星の質量 に反比例する。

最初に合体不安定が提案された時には、球状星団の進化に適用され、そこでは 影響が小さいという結論になった。しかし、 R136 のような極めて若く高密度な星団では事情が全く違う。我々は、 GRAPE-4 を使って R136 のモデル星団の進化を直接$N$体計算によってシミュ レーションしてみた[9]。 GRAPE は、我々が 1988 年から開発を続けてきた多体シミュレーションのための専用計算機である [11,6]。 GRAPE-4 は 1995 年に完成し、マシ ン全体としては 1 Tflops と当時では世界最高の速度を実現した。

1にシミュレーション結果を示す。$10^7$ 年程度の間に合体が 繰り返し起こり、最初の数倍の質量の星ができていることがわかる。星団が若く、10 ${\rm M_{\odot }}$を超えるような重い星も少数ではあるが存在し、緩和時 間が短いためにそれらが超新星爆発を起こす前に星団中心に沈む。このために 衝突確率が大きくなる。さらに、中心部でもっとも重い星同士が選択的に連星 をつくり、連星ともう一つの星の近接遭遇で起きる共鳴状態を通して高い割合で重い星 同士の物理的な衝突が起きる。

図 1: シミュレーションでの星団中心で最も重い星の質量の変化。横軸は 100 万年単位の時間 、縦軸は ${\rm M_{\odot}}$ (太陽質量)単位の質量。実線は主系列星の間に質量放出がないとした場 合の計算。それ以外の線は適当な質量放出を仮定した。どの場合でも合体によっ て星の質量は合体がなかった場合にくらべて大きくなるが、最終的な質量は質量放出モデルによってかなり変 わる。ポーテギースツバート (Portegies Zwart) 博士提供。
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\psfig{figure=paperIIIfig2mod.ps,width=13cm,angle=-90}\end{center}\end{figure}

この計算では 200 ${\rm M_{\odot }}$程度で止まっているが、これは基本的には初期の 星団が小さく、重い星を使いつくしたためである。星団が大きければもっと大 きな星まで成長できる可能性がある。さらに、ある程度大きなブラックホールが できれば、それが周りの重い星と合体して成長する。

が、99年秋に聞いた話では、スターバーストをおこしている領域は 100 パー セク程度とかなり広く、星の総質量も $10^7$ ${\rm M_{\odot }}$以上と大きかった。こ こまで大きいと、緩和時間が非常に長くなってしまい 合体不安定は起きない。 というわけで、ちょっとこれではうまくいかないのでは、、、ということでそ の後しばらくこの話は忘れていた。

4.3 チャンドラとすばる

次は2000 年の秋の学会になる。ここでは、松本さん、 鶴さんのX 線天文衛星チャンドラによる観測結果、さらに岩室さんたちによるすばる望 遠鏡による赤外線観測の結果が発表された(図4および 5)。これらは我々にはまさに衝撃的なものであった。

図 2: チャンドラによるM82 中心部の写真。左は1999年 10 月、右は2000 年1月。緑の十字は銀河系の力学的な中心を示す。複数の明るい X 線源が銀河中心からはずれたところにあり、それらの明るさは大きな変動を示している。京都大学 松本浩典助手・鶴剛助教授提供。
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\epsfxsize 13 cm
\epsffile{m82-chandra.ps}\end{center}\end{figure}

図 3: すばる IRCS によるM82 中心部の写真。黒丸は星団候補、白丸はチャンドラによる X 線観測で見つかった明るい点源の位置を示す。緑の十字は力学的中心である。中間質量ブラックホールやその他のブラックホール候補が、いずれも明るい星団に重なって存在している。京都大学 岩室史英助教授提供。
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\epsfxsize 13 cm
\epsffile{M82IRCS.ps}\end{center}\end{figure}

まず、 X 線源は 1 つではなく、 10 個近くが見つかった。が、どれ 一つとして銀河中心ぴったりにはなく、 100 パーセク以上はずれていた。そのなか でもっとも明るいものは $10^{41}{\rm erg/s}$ に及ぶ明るさをもち、 これはエディントン光度で光っているとして 700 ${\rm M_{\odot }}$に当たる。

もちろんあすかでの観測でも、時間変動等からブラックホールであることは確 実だったし銀河の中心からずれていたと言われるとその通りだが、やはり空間 分解能で 2 桁違うチャンドラで点源に見えると説得力が違う。さらに重要 なことは、赤外での観測結果で多数の若い星団候補が見つかり、 X 線源の多 くは星団候補と重なっていたということである。

これは、まさに我々が想像した(が、それ以上追求しなかった)、「高密度 星団の中での大質量星同士の合体からブラックホールの形成へ」というシナリオ が現実になったということではないだろうか?

実際に星団の中に中間質量ブラックホールがあるということになると、これは 銀河中心のブラックホールの理解に直接影響を与える。 1000 ${\rm M_{\odot }}$程度 のブラックホールが孤立して銀河の中を運動していると、力学的摩擦の時間 スケールは非常に長い。従って、これは銀河中心に沈んだりはしない。ところ が、ブラックホールが $10^6$ ${\rm M_{\odot }}$程度の星団の中にあるとなると、星団 全体が力学的摩擦を受けることになるのでタイムスケールが 3 桁短くなり、 $10^8$ 年程度と短い時間で星団が銀河系中心まで落ちていける。落ち ていく途中で段々潮汐場が強くなって星団は削られていくが、タイムスケール には質量よりも銀河中心までの距離のほうが強く効くので、星団は小さくなりな がらもどんどん沈んで、最終的にはブラックホールを中心に運んで自分は壊れ てしまう。

M82の スターバーストは約 $10^9$ 年前の M81 との近接遭遇が引き金になって始まっ たと考えられており、かなり長期間にわたって続いている。従って、今までに 数百の星団が出来たと考えて無理はない。それらの1割でも中間質量ブラックホールをつくる ことが出来たら、数十のブラックホールが銀河中心に落ちることになる。これ らが合体すれば、 $10^6 {\rm M_{\odot}}$程度の大質量ブラックホールになる。

ブラックホールが合体するかどうかが問題だが、これについてはかなり違う文 脈ではあるが既に詳細なシミュレーション[4]を行っていて、 ブラックホールの質量が $10^6 {\rm M_{\odot}}$程度より小さい場合にはうまく合体し そうであるとわかっていた。つまり、これで$10^5$ ${\rm M_{\odot }}$から $10^6$ 程度 の、我々の銀河にあるようなブラックホールはつくれそうである。

学会で鶴さんたちの発表を聞いてから1ヶ月ほどの間に、戎崎さん、船渡さん と上のようなシナリオを基本的にはまとめた。その後はとりあえずレター論文 をということで書き始めた。誰に共著者に入ってもらうかでいろいろ議論があ り、また共著者がみな忙しい人ばかりでなかなか作業が進まなかったが、なん とか 5 月の始めには投稿するところまでこぎつけた。その後雑誌を変えると かいろいろあったが、10 月の初めにはアクセプトされた [1]。

6 に我々のシナリオ全体をまとめておく。

4.4 我々のシナリオの位置付け

大質量ブラックホールの形成シナリオというのは、観測に近い理論の領域ではガ ンマ線バーストのモデルと並んで多数の提案があり、どれもこれも本当とは思 えないという分野である。そういう意味では我々のシナリオも単に多数あるシ ナリオに「もうひとつ」付け加わったにすぎないというのが普通に考えたとこ ろの(少なくとも現時点では)評価であろう。

しかし、意外なことに、国内、国外の両方で思いの他大きな反 響があった。この原稿のような解説記事の他、招待講演やコロキアムの依頼も いろいろあり、それなりに「本当かもしれない」と思ってもらえているようで ある。我々自身はもちろん我々が提案したシナリオはこれまでの多数の提案に 比べて以下のような本質的な利点をもつ決定的なものと考えている。

  1. M82 で初めて発見された中間質量ブラックホールを、恒星質量ブラック ホールと大質量ブラックホールの間の「失われた輪」として自然に位置付ける。

  2. 中間質量ブラックホールが若く高密度な星団で生まれることを無理なく 説明できる。

  3. 中間質量ブラックホールが星団の中にあるために、それが銀河中心に沈 みこみ、大質量ブラックホールを組み立てる材料になることができる。

これはもちろん我々が偉いわけではなく、新しい観測事実がでてきたことが 大きい。従来は、中間質量ブラックホールがどのようなものでどこにあるかと いうことが全く知られていなかったために、現実的なシナリオを組み立てるに はあまりに大きなギャップがあったのである。


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Jun Makino
平成14年6月13日